2017年8月23日水曜日

晴れた日の店番


ナイスコンディ!
こんな日に限って‥店番あるある。オーメン。
気持ちよさそうに帰って来るガイド勢、お客さんたち。

ツアーに出なくても、ツアー前・ツアー後のお客さんの顔つきでそのツアーの空気感はすぐ分かる。
良い顔になって帰ってきたら嬉しいのは本当。羨ましすぎるのも本当。ぼくも外に出たくて仕方がなくなるのも本当。
内心穏やかとはいかないのはまだまだクソガキだからだろう。
夏は水の上だけで味わいたいのは、素直なところ。去年・一昨年は、こんなこと意地でも言わなかった。言えなかった。認めてしまったら、店にいること‥日々が苦痛でしかなくなってしまう。自分を守るためにぼくはコーヒーに固執した。

消化しきれないものは夕方カヌーでリセットすればいい。

水の上:いかに良い空間をつくり出せるか。真っ白い画用紙にその日の色を塗っていくような。
夏の店の中:いかにミスなく効率的にこなすか。型を的確になぞる。模倣。

右手にパドルを持ちながら左手にそろばん。パドルを持った時にはそろばんのことを一切忘れられるような完璧な切り替えスイッチを持つのが理想。

『久しぶりに店番をやるとリズムが掴めなくてなかなか大変だなあ。』
「ふーん。じゃあ、べんべは店番の気持ちも分かるってことだね」

小学一年生の助っ人の言葉に唸った久しぶりの夏。

バウとスタンみたいじゃないか。ソロとタンデムみたいじゃないか。
どちらもできればどちらの気持ちも分かって、寄り添えるわけで。
そうなれば、思考も行動も変わる。世界が開く。

できることをできる人がやる。それもひとつ。
みんなが何でもできる集団の方が強くて優しくなれる気はする。
多分これは間違いないけれど、人間だもの、癖がある。それはなかなかどうして難しいことも分かっている。

できないことは何にもないさと、いくつになっても強く信じながら暮らしていきたい。

2017年8月22日火曜日

本当においしいの?


外食というハイリスクな人体実験がどんどん、年々、おっかなくなっていく。
濃ければ良かれ、分かりやすければ良かれ。
悲しいかな、「味の濃さ」というインパクト一辺倒の店が増えているような。

人気のある飲食店へ。
ん、どこがおいしいんだ?
みんながおいしいと賑わう店。
しかし、ぼくはぼくの舌を誰の評価より数より何より信じている。

うん、イマイチ。

あざといもの、意図が全く伝わってこないもの。中身、思いが無いなら、つくらなければいいのに、と思う。抑えきれない衝動、情熱がないのであれば表現する必要はない。
「おいしい」を換金化するには覚悟がいる。

カヌーのハードルは高いけれど、飲食のハードルは低い。生きることは「漕ぐこと」よりも「食べること」である人の方が多いから。
何をおいしいと感じるかは人それぞれ。

人がどうでもぼくのおいしいを信じ抜こうとやっぱり思った休日の学び。


2017年8月21日月曜日

到達点と限界設定を設けない


写真:7月、札幌、チカホへ出店した「ペンネンノルデ」×グッドマンジュエリーワークスのgood man 乾(イヌイ)氏。今年の良き出会いのひとり。
この人のつくるジュエリーは天下一品。どの世界でも、シンプルが最強。


ぼくはSotoCafeに四年ほど出続けた。その後、店に居残るようになって、今年ようやっとガイドモードの割合が二年ぶりにようやっと少し高まってきた。
その間、ファミリーカヌー隊長はずっと夏限定のこのツアーを守り続けてきた。
知らない間にファミリーカヌーツアーの質は物凄い高次元に到達していた。
今年は今までで一番ファミリーカヌーツアーについて考えている。今までの蓄積がほぼ皆無なのもあるけれど、非常に新鮮。

隊長の根っこにあるのは「いかに仲良くなるか」であるようだ。
人を人として見ること、向き合うこと。
小手先の技術というか、戦略というか、それ以前の捉え方、もっといえば、暮らし方であり生き方がツアーにはこっそりと、しかし、確実に滲み出てくる。
もややや~んとした放課後のような空間が短時間ツアーでも醸し出せるものだったとは驚きだ。また、ああいった形にならない空間の存在価値をすかさず共有できるというのも貴重なんだよなあ。

物語は一日にして生まれず。カヌーガイド、なんてフレキシブル、なんてcreative、直感的な仕事だろう。客観視すると興味深すぎる謎の生業。
秋になれば愛する千歳川のツアーが解禁となる。狂人コミュニケーションがウリのぼくは狭く深く沈むのが最良。
ゆーっくり、丁寧に、言葉を噛みしめながら静かに漕ぐのが今から楽しみだ。

2017年8月20日日曜日

呼吸と姿勢 心と向き合い方

北海道の夏休みは終わり。
しかし、ぼくらの夏は続く。いやはや有り難い。いやはやこんちく‥おっと失礼。
忙しさの中でも心を亡くさないようにやれている。

予約メール・テイクアウト・問い合わせの電話。ツアー受付・雑貨販売‥お店が滞りなく回ることが大事。
ツアーの質が保たれているかも大事。皆が健やかであるかが大事。

個人プレイでは回らない、回せない。この時期だけは足並みを揃える。
困っている人がいたら助けるのはフツー。当たり前。人としての当たり前だと信じている。うん、信じたい。信じさせてくれよ。
楽しいことは勿論、しんどいことほど、何事も分け合った方が楽しい。おべんちゃらはいらない。


(夏前半戦。「月とカヌー」の匠さんを囲んでツアー後のパドルトーク)

できることが多いとか少ないとかは問題ではない。
何をしているか、できているか。
何を一番大事にしているのか。
アクセスの方法は違っても同じ水が流れていれば心地よいはずで。

受け身なのか、能動なのか。
自分の役割は何なのか。
忙しいときほど、忙しいときこそ、自分の声を聞いてあげること。
それはめぐりめぐって周りのためにもなる。

何のために、何がしたくて、今ここにいるのか。
簡潔明瞭な答えは常に持っておかないと。
自分と向き合えない人が、目の前の人と向き合うことなんて不可能。
そもそもその気がなければ、物語は始まりようがない。
一日とどう向き合おうとしているか。気概。誠実であろう。

2017年8月19日土曜日

布団がぼくを捕らえて離さない

夏のはじめから流し始めた「夏の終わり」。
さて、終わりが見えてきた。
ここからだ。


photo by Daisuke.K

団体カヌーではなかなか到達できない空間がつくられた朝。
久しぶりに一人で出たファミリーカヌー。
今シーズン初のファミリーカヌーで湖へ出た。
背中で語るファミリーカヌーがあってもいいだろう。
 
ソトカフェとファミリーのテイストは異なるが、ぼくがやればそれはぼくの色になる。ぼくの色にしかならないとも言う。
ぼくが表現したいものはツアーが変わっても変わらない。
イメージを実現できる可能性が高いのは長時間のツアーであることは間違いない。
短時間、大人数。どっぷりしないなりにどこまでいけるものだろうか。

2017年8月17日木曜日

long long day

ハプニングやドタバタがない日はない。
空気は秋だが、人の動きは夏。
消耗戦。肉弾戦。
疲れているときこそ、試される。

ガイド。
知識があればいいわけではない。技術だけでもない。何とも説明しがたい「人間力」?


写真は、懐かしきシュマリの朝。
朝焼けに一緒に感動したゲストと抜けがけしてこっそり朝カヌー。
朱鞠内湖。人造湖‥だのに、素敵な湖。
ウユニ塩湖よりシュマリ。

もう一息!いや、もう‥?

2017年8月15日火曜日

涼しすぎたお盆

三夏目のスーパー店番助っ人、帰京。
終わりも見えてきたような来ないような毎日。
できることをできる人が…、ということで、野郎5人、助け合っていきたい。


信号機カヌーガイド戦隊。
PFD
赤&青:ロータスデザイン(今や幻の製品)
黄:ストールクイストのディセント。

雨のマント。雨具。
赤:ファイントラック/エバーブレスバリオ size:M
黄:mont-bell/ストームクルーザー
青:ファイントラック/エバーブレスフォトン

使用感については各色…各人にお尋ねあれ。

2017年8月12日土曜日

雨の作戦会議

久々、しっかり雨。太陽、思いっきり浴びたいなあ。
風はなし。よし、雨天決行。


良い日に当たった、とある家族の朝カヌー。

今日をただ乗り切るだけでなく、先を見据えながら。
行き止まる前に動き出せ。
誰でもできることにしがみつくのは誰かに任せて、ぼくらは先に行こう。
まだまだ発展途上。型なんて、枠なんて、らしさなんて、何にもなかった。
過去にも今にも執着しない。
そういう軽やかなスタンス、やっぱ、好き。

「とどまること知らない時の中で」である。
goodmanになりたい。なるために。いつもツアーが育ててくれてきて、それはきっとこれからも変わらない。
ずっと、Sotocafeがあって、諦めかけた千歳川がようやく今春、モノになって。

知識というか技術というか経験というか、佇まいで、成立するツアーへ。
何の演出もなく、淡々と。何でもないように。ただ、暗くなるまで一緒の時間を過ごして。不自然を一切排除して。
つまり、愛する家族と良き日にカヌーに乗るときのような、あの感じ。(‥安達茉莉子節か!)
ぼくがつくりたいものは、ただただ、際限なく、やさしい時間。

2017年8月11日金曜日

ツアー後の拍手

毎日毎日、一日五回転のツアーが続く。一日が伸び~る8月。

あっちもこっちもやると、色々思う。
あの人と、この人と。一緒に動くガイドが変われば、これまた色々思う。
よきも悪きも、ぼくらの関係性がツアーには滲み出る。
良いツアーは良い人、良い関係性からのみ生まれる。
陸地で構築できていないことは、水の上で表現できない。

毎日を丁寧に重ねたい。ただ安易に「重ねる」のでなく、惰性で回すでもなく、誰でもない自分で考え、動き、少しずつ、着実に積み重ねていきたいと切に思う。
何のためって、良いものをつくりたい。
良いものはすべてを気持ち良くするはずだから。
思いっきり気持ち良くなってもらいたい。
お客さん。人。自分。職場。この地球を。

夏以外のソロ活動では自分の思い描くイメージを表現できるようになってきた。
しかし、夏といえばユニット活動。苦手な大人数が相手、つまり、チームプレイが肝。

コミュニケーションの取り方にマニュアルはない。ただ、コミュニケーションはひとりでは構築できない。一人で思い描いても、伝わり合わなければ何にもならない。
ぼくは会話がしたい。対話がしたい。何事にも、真正面から向き合いたい。深いのが好きだから、ぼくは支笏湖に来たのかもしれない。
お互いがどこまで共通認識を持てるか。歩み寄れるか。その気があるか。
一方通行ではたどり着けない、ソロ活動とはまた異なった世界の色を見たい。
あと10日。今年はようやく陸から水の上に戻ってこられた嬉しい二年振りの夏。
自由になれる水の上で新たな手応えを得られるだろうか。試される夏。

「良いツアー」はお客さんの感覚とは別次元にそれぞれが持っている。
ツアー後の締めをしたら、お客さんが拍手をしてくれたという。
ぼくらの自己満尺度とはまた違うベクトルの客観評価をいただいたわけだ。
「素直に嬉しいよね」って、ほーりーとくっちゃべりながら片付け。
何でもない1シーンだけれど、嬉しいことを一緒に嬉しいって、喜びを共有できるのは実は当たり前なことではなく、とても貴重尚且つ有り難いことなのかもしれない。

先日のお休みは、
お金を稼ぐために、遊んだ。なんて健全だろう。ブルーベリー収穫。


 いや、遊びを仕事にするのか?どちらから始まるのだろう。



物語はいつだって、「好き」から始まるんだ。
これが、誰かを笑顔にするブルーベリーマフィンになるのだ。

2017年8月8日火曜日

朝カヌーと夏の助っ人と現場適応力と癒しのSotoCafe

今年も夏の助っ人がやって来た。人が集える店があるって素晴らしい。
疲れているときこそありがたい。
カンフル剤のような来客。いつもありがとう。


とある日の朝カヌーの一コマ。親子タンデム。
カヌーはコミュニケーションが何より大事。水との対話。人との対話。
ぼくはあらゆるもの・こと・人と、腰を据えてじっくりと対話がしたい。

2017年8月6日日曜日

秋の夕暮れと階段


珍しくここ数日、今までにないくらいファミリーカヌーづいていて。場数がとりあえず足りていないのはひとつ。
努力も大事だけれど、向き不向き、得意や特性、興味のあるなし、センスというのはやはり無視できない代物で。
やはり、オレが味わってほしい世界観は短時間の、しかも夏の時期には間違っても表現できない、というか、一切必要とされないものなのだよなあ、と寂しく現実を受け入れようと試みていた今日この頃。

しかし、その必要はないぞと神は支笏湖に使いを送ってきた。
朝、毎年の恒例行事としてファミリーカヌーに来てくれるご家族登場。かつて、珍しくファミリーカヌーに出たときに当たったレアな常連さん。
腐りかけていたぼくを拾う神が現れた。これでいいのだ。
うまくまとまらない、まとめないツアーもたまには良し。

ファミリーカヌーツアーの期待の星と今日は三回転。似合う似合わないは大事。個性とツアーの色のマッチング。
午後からは急に晴れ間が差したので、がきんちょたちを水の中へ引きずりこむ。
季節はまず、夕方から動く。夕方は既に秋色。
夕方から店の階段づくり。19時半は暗くなった。


2017年8月5日土曜日

「おまえには愛はあるのか?」byガガガSP

いつの間にか、誰もいなかったとっておきの楽園は、ぼくが生まれた街に成り下がった。成り代わった、に訂正しておく。
知佑じいさんは、「この国には自由がないけれど、水の上には自由がある。自由があるのは水の上だけだ」と言ったけれど。
じいさん、活字の海から手を差し伸べた救世主よ。
これからぼくはどこで呼吸をすればいいんだい。誰もいない場所にたどり着いたと思ったのに。


モラルはどこをさまよい、良識はどこに沈んだのか。
向いている方向、守りたいものは何。
同じものを見て美しいと感じ合っている仲間であるはず。余計にやるせない。
美しさを換金化して暮らす意味は。重みは。ぼくらも同罪か?
いつも寄り添ってくれてきた場所、水。cheapな姿。美しい人、美しいところだけ見たいと思うのは薄情だろうか。

言ってはいけないこと、言っていいこと。言っといた方がいいこと。大人の世界にはいろいろある。くだらない。くだらないけれど、けれど、である。しかし、くだらない。素直なままではしかし、うまく生きてはいけない世の中。

愛する努力をしてまで愛しようと試みたところで、既に不自然だよなあ、と思いつつ、愛せないと苦しくなるのは自分である。または思考を停止してしまえばいいのか。どちらもナンセンスにしてネガティブ極まりない解決策。開けるのか、ゴマ?
しかし、好きになろうとした人を好きになれた試しはない。恋に落ちるのはいつも一瞬。最初からそんなんは分かる。

やりたいことしかやらず、我儘を通してやってきたけれど、やりたくないことをやってみることで得るものも何かあるのかもしれない。やったことのないことは試してみる価値があるはずだ。
たった数日の話だけれど、今のところは犠牲にするものの方が勝っている。
何をしているのだろう。珍しく自己嫌悪のため息も出る。何のためにカヌーに乗っているのだろう。つくりたいものはもう分かっているし、つくるための方法も分かっている。いくつになっても、自分の心はお高いまま。
一日ずつ、試される自分。
思うこと、感じることは多く、アウトプットが追いつかない。今までの夏とはまた毛色の違う、何だか少々不気味な色が混ざっている。

2017年8月4日金曜日

風立ちファミリーカヌー

さすがに夏。毎日どたばたしています。
どうしたらいいかな?こうしたら?それよりも‥。
あれこれみんなで考えながら、その都度移り変わる状況に応じて的確な判断を下し動く。思考が冴える真夏。


午前、3ガイド体制でファミリーカヌーツアー。
自分のツアーにしていない、なっていない「ファミリーカヌーツアー」の到達点について探る今日この頃。
家族っていいなあ。家族って良いのか?家族って何だろう。
まあ、そんなことを思う隙のない賑やかなカヌーツアーも夏ならでは。

2017年8月3日木曜日

寒い一日

お店ができて3夏目。これまでの2夏は【ガイド≦店】。もう、ガイドどころではなかった。
ツアーに出たいのに出れないもどかしさ、中の仕事を進めたいのにツアーに駆り出されてどんどん溜まる事務仕事。代わりにやってくれる人はいない。とにかく人が足りなかった。あらゆるバランスがとれず、訳が分からなくなると、勝手に涙がただただ流れた。
今まで得ていた自由を店に奪われたような感覚。30リッターのデイパックがいきなり80リッターになったような。自由だからやってきた仕事、不自由としか思えなくなった。
元々、器用ではないこともあり、切り替えスイッチはなかなか見つけられなかった。

店前・店後、あほんだらはちっとはまともになった。

今年はようやっと、【ガイド≧店】。
ぼくの片足は店にある。ツアーだけに出ていればいいガイドではないわけで、攻め続けるのは現実的に難しく、その時々で必要とされる側へ傾く。
しかし、この2夏よりは確実に水の上に気持ち良く出れるようになった。


思えば、夏の代名詞「ファミリーカヌーツアー」という超大所帯ツアーへの参戦率は極々低かったことに今日ふと気付いた。SotoCafeや千歳川とは対極にあるツアーだけれど、その中にどの程度物語性を含ませられるだろうか。



2017年8月2日水曜日

家族の時間

すぐそこ「サンク」

‥「ファミマ」だよ!

‥‥「家族」?
いつも、すぐそばにいない、「家族」だってある。
飛び出したぼくを引き留めることは何もしなかった。


母なる湖と母‥というかガイドっぽいたかこ。

遠くにヒメマスの釣り船を眺めながら漂った早朝の家族舟。

晴れて曇って通り雨。どこまでも見通せる湖の底と揺れるバイカモの花。
いつでも会えるのが当たり前じゃないから。より大切。
「より」といえば、【かのあ】のカヌーツアーにはクロックスで参加した方がより楽しめる。けれど、旅行中にサンダルは荷物だから‥レンタルサンダル一足300円で受付中。
家族っていいな。レンタルってお手軽だね。今年も共働中。レンタルサイズ展開も豊富みたいだよ。有り難い。いやはや、頭が上がりません。いつも感謝。素晴らしい人。リスペクトできる親の元に生まれるって奇跡的。携帯防水ケースレンタルも好評だとか。
諸々よろしくお願いいたします。