2017年4月29日土曜日

一年半の本気のコーヒー


2015年11月から今日まで、毎日同じコーヒーを淹れ続けて換金化してきた。
休みの前にはせっせと量産して。ツアー前にカヌーを準備する前にコーヒーを準備して。コーヒーを淹れるのはぼくだけ。
自分で追い込んでいるわけだが、去年なんか本当に必死の夏だった。毎年必死だけれど。
コーヒーのせいで、コーヒーのおかげで。
この異様な執着心はなんなのか。好きという狂気。

思い入れしかないコーヒー。
今朝、なんとはなしにふっくんに淹れ方を伝授した。
コーヒーとの闘いを一番そばでずっと見ていた人。
今年のコーヒーはふっくんとぼくで淹れていこう。

本当に、ただ、なんとなく、狙いすましていたわけでもなんでもなく、ふと、思い立った。

子の親離れの瞬間って、多分、こんな風にあっけないんだろう。
そんくらいでいいんだろう。
多くのエネルギーを費やせる飲物に出会えたことが何よりの幸運。
好きなことで稼ぐ醍醐味、意味を改めて教えられました。

掴んだものは手離さないと、新たなものを掴まえたくても掴まえられない。







2017年4月28日金曜日

大型連休

「ツアーは始まる前から始まっている」
by矢吹全氏(「フォレストレック」代表。)

ここでも何度引用しているだろうかってくらい、ことあるごとに反復している大切な言葉。効果は増幅し続けている。
「ツアーは始まるときには終わっている」(byぼく)と言っても過言ではない。
なんだかまるで、人生みたいだね。

あらゆる状況を想定して、その時々でどの手札を出すか、出せるか。あるのか。想定外が起きたときに素早く反応・適応し、それすら楽しむ余裕を持つために。最善を尽くしたい。
どれだけイメージできるか。あらゆる状況を。それらひとつひとつに今の自分は対処できるか。どこまで可能か。不可能なことが出てきたなら、解決の糸口はどこにあるのか。人?本?ネット?
できない、わからない。人間だもの。仕方ない。そんなときこそ試される気概。姿勢。向き合い方。水の上はおっかない。油断や甘え、気の緩みは命に直結する。

「自分」を知らないことには、相談も判断も確認も決断も行動も何にもできない。

レギュラーツアーでは試されないことを腕試しできるのがイレギュラーワークの刺激かつ醍醐味。
試合の最中に手札は増えない。手札を増やせる場面は何でもない日常の中だけ。

うん、これはガイドとして(いや、ぼくとしてかな)の話のつもりで書いてみたが、店での事務仕事にも通ずるところがある気がする。

3.11は見えないものをイメージする大切さを教えた。便利さに奪われつつある想像力こそ。


果て感。東と北のそれは特に色濃い気がする。端というか始まりなんだけれど。


2017年4月27日木曜日

鼻血‥ブーとETとめでたい報告

「もらいすぎた栄養分をこれから僕はどこにどんな形で還元できるだろう。」
最後の晩餐@中頓別(なかとんべつ)
2011年11月。24歳。松澤家の里帰り旅に同行していたときのこと。弟子屈。中頓別。遠軽。
色んな世界があることを、色んな暮らしがあることを、色んな大人がいることを。
貴重な家族の時間。思春期のクソガキ。何の意図もあの頃は分からなかった。


写真は標津サーモン科学館のイトウ。
イトウトートバック(500円)もイケてます。

少しは返せるようになっているよな、と誰でもない自分に言い聞かせる。

昨夜、久しぶりに再会した家族たちに混じる。いい時間。
生で濃密な時間を共有した人同士だから醸し出される独特の雰囲気。at home.

ギョウジャ餃子をせっせと包んでいた少女はまだその頃は生まれてもいない。
酒は呑んでも呑まれるな?いくつになっても許容量の読みは甘く、思考と体力は一致しない。
昔、無理だと諦めながらも憧れ続けていたものたちが今、手元にあり、そうなったらなったで、今度はあるのが当たり前な気がしてきて、足りない、もっともっと欲しくなってきてしまい、ないものねだり、まわりを見れば羨ましさが募ることだってなくはなく、普通の幸せなんてのには早いうちに背中を向けたはずだのに結局一回りしちゃうんだな。
なんつーか、際限ないな、と笑ってしまう。

ギョウジャがめぐるのか、酒がめぐるのか。春の山菜にはデトックス効果がある。冬の老廃物を排泄する熱。
子どもたちは寝静まり、意識の遠くではおぼろげに大人たちが宮沢賢治について話している。いい時間。

何でもない日々のはずなのだが、冬よりずっと重たくて、あれ?まだGW突入していなかったか、と驚く。
しっかし、今春ほどさまざまがモゾモゾどころでなく、ぐわわんと動くこともそうないかもなあ。
すべてが良い方向へ転がりますよーに!

PS 大魔神様。今日は(も)酔っぱらってませんので悪しからず。笑

2017年4月25日火曜日

活ほたて

一緒にいすぎて倦怠期もありましたが、しかし、離れて分かることがあるのは恋人関係だけでもなくて。まあ、そんなこんなを色んな場面で強く痛感しながら過ごす今日この頃。

GWに備えて?嵐の前の静けさ?
さて、人員は変わらずツアーメニューは増えている。今年のGWは何がどうなるだろう。

店という「良識」という名の首輪。事務仕事においてクレイジーである必要は一切ない。むしろ、不要。
事務処理能力を高めることは、つまり、ガイドとして?というか、人として?の自分の最大の武器を抑え込むこととイコールだった。思考やモノの見方もずいぶんと変わった気がする。
店前、店後、で別人だと自分では認識している。
外に出れば出るだけ店での仕事が溜まっていく。いっそのこと外に出ることを諦めた方が楽。どの仕事も大事すぎてなかなか渡せないし。どちらも手離せなくて身動きが取れなくなっていった。人より早く動き時間を創出するしかない。
外に出る単純な喜びより苦痛が上回るようになって二夏が過ぎた。
メインガイドとしてのぼくは殺すしかなかった。そうするより他になかったが、簡単に殺せるようなぼくではなかったのだろう。死んだふりはできたわけだ。 

三夏目。荷物の重さはあるけれど、質が変化してきているような。明るい光の兆候が見えてきている。

こりっこりの活ほたてをいただいた。貝に手を挟まれかけながら、さて、どうしてやろう。

 やっぱり網焼き、バター醤油。

あまり貝類に魅力を感じる質ではないが北海道一年生時、伊達の「和さび」にて噴火湾産ホタテの大きさと食感に面食らって以来、回転寿司屋でも必ず頼むようになったホタテ。
しかし、生態についてはあまり調べたことがなかった。

どうやらホタテには約80個ほどの目がヒモ(外陰膜)にほぼ等間隔にあり、数の割には色の明暗が分かる程度であるが、それによって天敵のヒトデの気配を察知しているらしい。


おっかなびっくり都会人よろしく開いてみたら、二色展開。
赤いのが女の子で、白いのがオス。分かりやすい、ね。
今はちょうど産卵期とのことで、まあ、最もギンギン、パツンパツン。やりたい放題、やられたい放題。
ちなみに生まれて一年目はみんなオスらしい。ベビーホタテはみんなオスなのね。
二年目でオスかメスかに分かれる。性別選択に個人の意思は尊重されるのか、はたまた本能なのか?
何にでもなれるって、すごいなあ。人間の場合はそうはいかない。

社会的地位とか肩書き、上下や優劣なんてくだらない定規に惑わされず、驕らず、まっさらな心で人と向き合う、そんな人間になってほしいとぼくは初めて会ったとき赤ちゃんだった少年に願う。どうでもよくないからなんだよ。ぼくは君と同級生だから。君の年数と同じだけここ支笏で育った。


2017年4月24日月曜日

マナブすっきり、ありがとうございます

昨秋は支笏湖。今春は千歳川。ということで。


いいときにいいところを漕ぐ、見る、知る‥っていいですね、と。
‥ええ、そうなんです、すごくいいんです。

その土地の素晴らしさを知るには最低一年は必要。それでようやくスタートラインに立てるような気がするようなしないような。


冬の手痛い洗礼も受けず、無事に一年経った人と朝活@千歳川。
去年とはきっと全く異なって見えている景色だろう。いや、景色はほぼほぼ変わらない。変わるのはいつだって人間の方なんだよな。

川下り後は通常ツアーのためディスクワークならぬ、支笏ワークへ。

で、長らく鬼門だった千歳川マナブ手前の分岐で右を選ぶと、非常に危険な個所がコチラ。

↑before。こっち来たら大型のカナディアンはまずアウト。
三年ほど前カヤッカーを救出したことも一度だけだがある。


↑after。スッキリーー!!

マナブを下流から上流向きに撮影。

何の情報も持たずに千歳川に来たら、非常に恐ろしいマナブ手前の分岐が昨日からどちらにも行けるようになりました。
河川管理の皆さま迅速な対応をしてくださり、ありがとうございます。
これで水の上でみんな楽しいGWを過ごせます。

(&やりとりを続けてくれたなおきさん&だいちゃんに感謝。)

2017年4月23日日曜日

今日はあの川明日はこの川

本日は千歳川へ。まだまだサケ稚魚天国。
今春はあちこち行けて疲れるけれど楽しくやってます。
まだまだ南国高知の松澤先生は手のかかるうるさい野郎しかいないかのあに帰りたくないだろうなあ。わはは。


道の駅あかいがわのトイレには遊び心ある貼り紙。
大事なのは、何より、そう、遊び心。
四月前半遊んだ分気合いを入れてゴールデンウィークもしっかり漕ぎます。

2017年4月22日土曜日

立ち話も難ですが‥

6:30。べちゃ雪。最高のコンディションの中、えっちらおっちら、夢の跡地(通称:第五)の後片付け。氷濤、今回もありがとーう!
暑いんだか寒いんだか、風が強く吹く日も出てきて、ああ、GWが近いな、とゆっくりと息を吐く。


とある東の町の一角に地面からサケ(オス)が生えていた。
知らないことを知ることで、自分がいかに知らないかを知る。
世界には名もなき名所がいくらでも潜んでツッコミ待ちをしているはずで。

誰が何のために建立したのだろう。答えを知っている方はご一報ください。

2017年4月21日金曜日

日々のスピード感が増していく。
あれこれ、うまいことおさまるところを探っている。向き不向き得意不得意興味関心。
やるべきこと、やるべきでないこと。言うべきこと、効果的な伝え方。
現場と事務。カヌーガイドと店番人。危険と売上。経営者と従業員。様々な間に立ち、妥協点を探るのが今のぼくの仕事。
仕事というのは誰だって孤独だ。
悩ましいことは実に多い。が、思考することがぼくは嫌いでない。


外仕事モードに、まず切り替わっていく「手」。日焼け、ガサガサ、ぼろぼろ。
おいしい海のそばに暮らすって良い。うむ。

2017年4月20日木曜日

『ぢぢカヌー』ぢぢさんごっこ

ぢぢカヌー、いい場所にあるんです。屈斜路コタン。

2008年夏。ガイド一年目、北海道一年生の夏。二日か三日の休みを利用してレンタカーを借り(自転車しか所有しておらず)、素性を隠して(お客さんの気持ちが知りたかったので知り合いのガイド業者さんのところに行くことは避けた)一お客さんとしてとあるカヌー業者さんのツアーにひとりで参加した。学びはよきも悪きも多かった。当時の社長は、ぼくが休みに他フィールドに勉強に行ったことを知り、その行動について褒めてくれた。ガイドは遊ばなければならない。
憧れの川。何度も読んだ川。期待を、夢を抱きすぎていた気になってしまったのは、選んだガイド業者さんの腕もあったかもしれない。

「でしくつ」(×)と「てしかが」(○)は違う地名だと思い込んでいた時期がある。
いつどのタイミングで勘違いに気づいたかは覚えていないが、誰に「弟子屈」(てしかが)。

‥よ、読めるか!


まあ、祖父江(そふえ)さんいなかったので看板犬のつもりで立ちすくんでおきました。
ぢぢカヌー・喫茶

ぢぢテイスト、ぼくは大好きです。シンパシーを勝手に感じています。

今日はだいごろーと「グレイアウル」from CANADAを引き取り、ひとっ走り。
カナダ、そろそろ行っときたいなあ。


2017年4月19日水曜日

ドライブイン・民宿『クマゲラ』@足寄

 足寄から阿寒へ向かう夕方の国道241号を気持ち良く走っていると、

‥『クマゲラ?』

うーん、聞いたことがある気がする。というか、わはは、聞いたことがある気しかしないぞ。お店の名前(クマゲラ)も場所(足寄)もドンピシャだよなあ。

ちょっくら、かのあパンフ引っ提げて行ってみるかな。
去年だったか、【カフェCANOA】に遠方より遊びに来てくれた麗しきカヌー乗りがおりまして。どうやら足寄で宿をやっているとかなんとかと聞いたことを思い出したーてなわけです。いやはや、しかし、最っ高の立地。


ドライブイン兼民宿『クマゲラ』
・場所:〒089-3964 北海道足寄郡足寄町茂足寄96−5
オンネトーまで車で10分。
・電話:0156-29-7255
温泉はないが、「じゃらんnetお風呂の良かった宿ランキング(旅館)」第1位に選ばれている「山の宿 野中温泉」まで車で5分ほどとのこと。
・一泊二食6,500円ほど。


店内、奥の窓際席から撮影。
夕方のお月さんと左・雌阿寒(めあかん)、右・阿寒富士。
山ってのはどうしてこう、美しいのだろう。この質感。3Dフォルムは水にはないんだよなあ。雌阿寒カッコ良いなああ。

旅はいつも新たな恋心を生む。
お近づきになりたい山がまたひとつ、増えました。
『行きたい「山」』も『漕ぎたい「川」』も『浮かびたい「湖」』も『会いたい「人」』も全部ぼくには同じです。
好きな「人」のそばにいたいと思うのは自然なこと。対象が人だろうと自然だろうと愛し方、歩み寄り方は一緒。
好きな川を漕ぎ湖に浮かび山を歩く。
ぼくがいつか欲しかったものは、今ぼくが手にしているもの。

話がそれました。


カヌー乗り兼唄い手兼バイク乗り兼‥とにかく多趣味極まりない亜香里さんのチーズケーキとコーヒーをいただく。
‥うはー、さりげないうまさだ!チーズは濃いけれど、甘さはスッキリ。くどくない。こ、これは、こっさり系チーズケーキ。ああ、また食べたい。


 ウッディ―な店内では、早くもデキあがっている方々の楽しげな笑い声。いい時間。

最高の展望、居心地の良い宿、美味しいに決まっている食事、気持ち良い人。
今度、雌阿寒岳に向かうときはここに泊まろう。そうしよう。


最近前髪を切りすぎたことを気にしている乙女でロックなカヌー乗り・亜香里さん、店に負けず劣らず最高でした。


2017年4月18日火曜日

SOMOKUYAと水と氷、春の屈斜路湖

本日雨。支笏は思ったほど風吹かず。
おかげさまで、毎月あっちゅう間に過ぎ去っていく。

五日間の総移動距離およそ1300キロほど。
東から帰った翌日、日常のギャップに悶える暇もなく尻別川で身体に喝。次の日は今季から本格的に始動した美々川。その次の日は千歳川。川三昧の春。疲れるけれど楽しい。
息つく間もなく今夜からなおきさんは四国へ向かっている。
支笏湖組はふっくん・だいちゃん、ぼくの三人でGWに臨む。
しかし、少しは余韻にも浸っておこう。浸らせて。


チームSOMOKUYA。
春の屈斜路湖。水と氷の間に浮かぶカヌー。冬と春の間。


遠くにはまだ冬の名残。白いラインが氷。


ずーっと、なかなか現れなかった自分より年下のカヌーガイド(かのあショップにてご対面済み)と今度は水の上で再会。春だなあ。

いつかのR氏(被害者)とのタンデム沈のことをつっちー先生にはまるで昨日のことのようにツッコまれ、
ああ、思えばあのときぼくの現実‥タンデム逃避は始まっていたのかもしれないなと、自己分析。
‥よし、今年はタンデムうまくなろう。ビシッと決まったときにはソロにはない迫力があるし。うん。う、ん‥。


ということで、大変お世話になりました。

2017年4月15日土曜日

ディープな夜から尻別川でシーズンイン

個人店が好きだ。
値踏みされるような。余所者かと馬鹿にされるような。入店時の緊張感。久々シビレタ。
媚びない店がたまらなく好きだ。頭下げるために生まれた訳ではないのだから。


東の果ては終わりなんかでは決してなく、大陸へのはじまり。
自由であれ。
二十歳で訪れてからずっと、いつもここはそれを教えてくれる。いや、それが欲しいときに東に向かうのか。
日々はなんてちっぽけでくだらないことか。それにしがみつき凝り固まっていくぼくはなんてなんてちっぽけでくだらないことか。よき意味で。
暮らしにひたすら埋もれる夢は叶えた。さて、次だ。

中標津、丁度良い町の夜。
-------------

間髪入れずに冬の鈍った身体に喝、尻別川。
去年の春はかなり尻別川で遊べたので珍しく戦闘モード入っていたのだなあ。
まあ、ぼちぼちいくとします。
あっちの川からこっちの川まで、春は贅沢に楽しんでいくのです。美々川、千歳川、鵡川、沙流川…




2017年4月11日火曜日

二冬目のカフェ、ありがとうとさらば

2016年11月17日から再開した二冬目のカフェかのあ。
2017年4月9日をもちまして、めでたく夏眠に入りました。
ありがとうございます。

今年もまた、去年以上に濃厚でした。
飲食の何が素敵って、間口の広さだよなあ、と。無差別で人を巻き込めるというか、ここ数年山に魅力を感じているのも同じことかもしれません。
カヌーは何にしてもハードルが高いのは否めません。マイノリティ。それが悪いわけでは決してないし、誰でもやらないからぼくは続いているのだろうし。

店ができてからは、北極と南極を体内に取り込んでいるみたいな。静と動。外と中。太陽と月。表と裏。光と闇。どうしたってぶつかりますよね、和平を探りますけど。
まあ、季節の変わり目は悩ましいんです。良い意味で。


春の屈斜路湖とSOMOKUYAのキャンパー16。

カフェ業務は本業ではなく、また店を開こうという気概でもってぼく個人が始めた訳でもなく、勿論元々好奇心の全く動かない分野では決してなく、元々あれこれに執着する癖が活かせる分野でもあり、しかし、誤解とか軽んじられたり、勘違いをされている風もありありと感じる季節でもあります。どうでもよかったことが段々気になっていくのですね。意外や意外。自己認識と他者認識とのギャップ。

誰とも共有できない立ち位置ではありまして、
ここにいるのはカヌーがあるからという大前提があるにも関わらず、冬の最中はカヌーガイドであることをぼくは忘れるんですよね。現場を踏まないガイドはガイドを名乗る資格はないとも思いますし。中途半端にどちらもやりたくないのです。店は開店したなら開くのです。
忘れないとのめり込めない、どんな分野だろうとやりがいがぼくには必要です。
でも、季節が動いたら、いつの間にか全てが変わる。

ひとりのときも、手伝いにぱくちゃんがきてくれていたときも、最後は狭い厨房でなんやかんやみんなで働いて、いやはや、楽しんだ。

ということで、
店の休みはぼくの休み、ぼくの休みは店の休みという呪縛(いや、もう少し良い、違う言葉があるはずなのだが)から解き放たれ、カヌーガイドスイッチを探しに久々東の空気を取り込みながら動いています。


2017年4月8日土曜日

トナカイのメスが角を持つ理由

不穏な天気。
トナカイのことを人生で一番考えた日。エゾシカがトナカイだったら良いのになあ。かっこいいんだなあ、トナカイって。


シールラインの防水バッグはカヌーは勿論のこと、雨に無防備なバイク旅でも頼もしい。
→【バウンダリーパック 70L

電柱も何にもなくなる海と空の青とコンクリの灰色と草木の緑の三色展開。
オロロンラインを越えるバイク街道には今のところ出会っていない。
眼中になかった利尻富士が現れて。左斜め前にずっとそびえる美形フォルム。それはそれは美しくって、なんだこりゃ、お近づきになりたいと思いながら走り続けた。
美しいフォルムにてんで弱い。
大型バイクのおっちゃんたちは「本当はそういうスロウな旅がしたいんだ、憧れなんだ。‥でも遅いだろ?(‥当たり前じゃ!)燃費どうなの?」と、その場にいた最弱マシンに乗っているぼくを尊敬、いや畏敬の念でもって敬った。
ああ、ぼくは道北が好きだ。

2017年4月7日金曜日

春一番はフキノトウのてんぷらで

今日もあたたかな一日。カフェよりカヌーの方が目を引く季節。18時も明るい。
しっかし、終わりそうで終わらないなあ、カフェ。こうなるともう、切腹希望というか、早くとどめをさしたい、さされたい。忍耐、辛抱の春。
去年はカフェのゴール設定が不透明なまま、なるだけ開けたい気持ちが強かったのでできるところまで行って五月中ごろまで引っ張った。
しかし、GW中のツアーとカフェの両立は新スタッフ二人とぼくの三人で回すにはしんどかった。カヌーとコーヒー、本気ふたつの同居は難しい。同じ轍は踏まない。知恵ある生物、ヒトとして。
なんせ、太陽の誘惑が断ちがたくなってきている。

結局、半年切り替えで季節に応じて働き方を変えるというのは飽き性兼凝り性にうってつけかもしれない。
今夏は去年の顔ぶれのままなので、より円滑に回っていくだろう。


2008年。洞爺湖のS木さんに初めて連れられたときは冷たいぶっかけを食べてビビった京極の名店、
名水うどん 野々傘の、写真は「肉うどん」。
あまじょっぱいのが好きな方は是非。
次は「ちく玉ぶっかけ」だな。

2017年4月6日木曜日

飛び入り歓迎できるまで

最も第五にいた人間だと思う。


数年前、ツアー前にあれこれ確認の図。
とにかく、ツアーに出続けた。

帽子も服もサングラスも見た目は何ら変わらないけれど、ぼくら自体は変わり続けているはずで。
こなすことに必死かつ夢中だった仕事。やりたいことを表現するための仕事へ。
仕事に使われずに、仕事を使いこなしてやろう。

2017年4月5日水曜日

春といえば、美々川

なおきeyes→美々川フィールドワーク(かのあブログより)
久々お目見え、緑色!!


あれこれ春は慌ただしくて、先の予定を考えてみるとあまり時間がないことに気づいた。マズイぞ、行かなきゃ。
今年は先読み、先手必勝の【かのあ】なのです。

午後から突如、店を閉めさせてもらい「千歳川半日DR(ダウンリバー)」終了後のなおき・だいと合流、向かったのは美々川。


去年からツアー化した春美々。

ツアー化する前に、オーダーツアーのリクエストを受けたことがある。
今日は美々川で★てやんday(2014.5)
ぼくがやることになって、それはもう考えた。何度も下見に行った。
結果、ピクニックをした。

思い出深いっちゃ深い場所。

振り返れば、回数は漕いでいるのだよなあ。


埋もれていく人。


夕方の色。


トリッパーがいつもより大きく見えた。


さーて、今日から美々イメージを膨らませていくぞ。
摩訶不思議河川・美々川ツアーは5/19までですよーん。

2017年4月4日火曜日

ナビにいちゃもんつける

何でも思い通りにしたがる。思い通りにいかないことはすべて悪。
世の末っ子たちの唯一の弊害だと思われる。


いぐれっく5.3(小樽の洋食屋さん)のハンバーグ。

カヌーは誰でも漕がない(変態的表現だ)けれど、食べることは誰もがせずには生命を維持できない。
飲食には必然性がある。
誰でも食べるし、しかし、誰でもつくれるっちゃつくれる。普通につくれるだけでは、しかし、続かない。

色んな意味で、この世界の表現方法はフェアな気がする。
食べたらなくなるのは、カヌーの進んだ跡が残らないのと共通。

2017年4月3日月曜日

カヌートレーラー大脱出

春といえば‥JAF。
今年は三人で踏ん張ったら、どうにかなりました。
汗をかきながら必死に雪をかいていると、さながら氷濤気分。


photo by NAOKI.M

しんどい仕事ほど、声が大きくなっていきます。俄然、楽しくなるんですよね。
いや、「楽しくなる」というか「楽しくする」ための処世術。
どんどん冬も上書きされていきます。二冬、泣くほどのめりこんだのも確かです。
カヌーガイド、事務隊長、氷濤マン、カフェ隊長‥どの仕事もぼくには等しく尊いのです。
内なる狂気を呼び覚ます一癖も二癖もある仕事たち。

向き不向き、得意不得意は誰にでもあります。苦手なことほど、気持ち(向き合う姿勢・態度)勝負となります。本気でできるようになりたいと望んでさえいれば、意外と人間なんだってできるようになるものです。情熱だけです。言葉はどうとでも語れるけれど、熱量は嘘がつけないから信頼できる。

話がそれました。
店の中だと、さすがに大声出せません。街でも叫ぶわけにはいかないので、ぐっと堪えることが非常に苦しいのです。
そんなわけで大声を出しても逮捕されない場所に辿りつきました。

‥支笏湖でした。わはは。

Ps.第五駐車場の青い氷の塊も、日に日に解けて(解かして)きております。
4/1から駐車場のおいちゃんたちもフル稼働です。駐車料金は10月31日まで普通車410円となります。


2017年4月2日日曜日

シカ角の日

毎日、同じようなことをしながら、しかし、何かが毎日起きている。春だなあ。
ひとつひとつ、積み重ねていくことでしか引き出しは増えない。習うより慣れろとはよく言ったもので。
未知と遭遇したときに、どう対処するか。正解はない。ベターな選択をしておきたいところ。


photo by Paku.U 「七条大滝」にて。ぼくらはoutdoorだと鼻くそみたいなもんだ。

人と確実に会うためには約束をしないといけない。
しかし、店はどうか。
お高い店はさておき、
店はいつだって誰だって、営業時間内ならウェルカムだ。「NO」を言う権利はない。
いつだって誰だって、分け隔てなく迎え入れる。
それがお金となる。

不思議な商売でがんす。

2017年4月1日土曜日

自由になりたがるカヌーの日

静かに、しかし、着々と、日々は過ぎゆく。と、思いきや、巻き戻ることもある。


photo by DAISUKE.K

これ以上、何にもいらないなと思うわけです。
欲しいのは、残らないものばかり。感じるものだけ。そっちのほうがお高いと信じている。お金が沢山欲しかったら、街がある。ここには、お金以外のすべてがある。
だから、人は非日常感を得る。そこを日常にするためにそれぞれに手離したものだってあることを、お客さんは知らない、知る必要がない。何にもない人は湖に集まらないんだよ。もっと他に居場所なんていくらでもあるのだから。

絶好のコンディションにソワソワしなくなったら「人間」やめた方がいい。
いいときに漕ぐ。暦より、天気に従順でありたい。


2017年3月31日金曜日

11月と似ているけれど空の色が違う

久々、除雪。降ったなあ。転がる車、轢かれたシカ‥
命あっての、支笏湖線。
支笏湖に関わる人間たちのタイヤ交換は毎年GWが終わってからです。

ツアー準備がてら下見へ。


like a heaven.




今冬最初に見た雪の日を思い出した。
今年最初の白い花(2016.10.30)


とにかく、笑えています。

2017年3月30日木曜日

今日は冬

春と冬が交互にやってくる三月。


当たると最高。外すと‥。
先日の、当たり日、川岸清掃時の一コマ。

振り返ってみると、千歳川や美々川は漕いでいるけれど、支笏湖には新年の挨拶すらできていなかったような‥。
新年事始めが川岸清掃なんて、いいことありそうだなあ。

店とぼくをつなぐ首輪の効力が切れるのもあとわずか。うふふふふー。
お空の下で音量気にせず思いっきり働くのよー。

2017年3月29日水曜日

今日もやっぱりなんでやねん


やっぱり言えないなんでやねん。


接客、なんて奥深い世界だろう。
支笏湖より深いかもしれん。

つまらないときはつまらない顔をしてしまう質である。苛立っているときに笑顔はない。人の好き嫌いは結構ハッキリしている。気分にもムラがある。一貫してひねくれている。長いものが大嫌いだ。
まあ、ひと癖どころではない。穴だらけの未熟者である。
しかし、その短所は長所ともなるわけで、なるだけ面白い方がいいだろうとの思いもあり、矯正する努力もしてきていない。

そんなわけだが、店にいることで忍耐という術を学ばせてもらっている。
忍耐とは、即ち笑顔だ。何を思おうと、笑顔をつくれれば、場は保たれる。しかし、心を欺くことは非常に困難ではある。

あーだこーだそーだ、最善を尽くす。引き出しを増やしていく。

できないから面白いのだ。心を隠す練習を反発せずに面白がれるようになるとはなあ。

2017年3月28日火曜日

ワークライフバランス


昨日はワークワークバランスについて考えていた。
今日はワークライフバランスについて事業主さんたちと意見交換。



本屋を歩き回り見繕った一冊。
『もっとおいしく、ながーく安心 食品の保存』監修 徳江千代子 朝日新聞出版

2017年3月27日月曜日

久しぶりの外仕事


今春一番のベタ凪をよだれを垂らしながら眺める。
眺められるだけマシと言い聞かせる。ケーキ焼くつもりだし、コーヒー淹れて、掃除して…いいときに動けない、漕げない、なんて不自由だろう。
しかし、大人だから、何でもないさと心を諭し、装う。己の役割を放棄するわけにはいかない。ぐっと堪えるのだ。笑顔で見送るのだ。感情を表に出さない方が、深みも出るんじゃなかろうか。

人が来ようと来まいと、勿論来てもらうに越したことはないが、店ならば、いつでも開いていて欲しい。ドアの前でがっかりした人をイメージするとやるせない。
いつも何でもないように人を迎えるために、毎日維持をするためにすべきことが意外と多いことを知るのは店に立つ人間だけ。

しかし、季節は春。カフェ一本で稼ぐ冬ではない。

ぼくの中のワークワークバランスがせめぎあう。

二つを同時に愛することはなかなか難しい。

しかし、行かねばならぬこともある、だってここは、カヌー業者。
熱中してきたカフェは実は副産物。気持ちは副産物の域を最初から越えている訳ではあるが。
申し訳ない気持ちでopen看板を裏返してclosed。

しかし、矛盾と書いて人間と読む。

あたたかな日に外で働くのは非常に気持ちが良い。
冬の間こもるだけに余計に眩しい。身体いたいダヨ。

たんたん、どるふぃん、なおきさん、さくちゃん、かちさん…氷濤陣との作業すら新鮮。みんなの日常は今のぼくには懐かしい、新しい。
たった二冬、されど二冬。
主観と客観で、熱量が変わるのは当たり前。寄り添うことも難しくなる。
カフェの冬はふっくんとぱくちゃんと、ぼくらの宝物。




2017年3月26日日曜日

乗れる人、乗れない人

カヌーツアーは予約優先。
店ができたことで、ふらりと立ち寄った方が、そのままカヌーに乗れることも場合によっては起こる。拠点が、新たな物語の展開を生み出す可能性をもたらしたわけだ。


(2013.5.9.長きにわたったちゃらんぽらん思春期)
居場所が温泉街にできるまでは、ツアーがあってもなくても、こうして、いつも、湖にいた。
もう、戻らない、ひとつの幸せ。
では、不幸せになったのか?というと、身動きの取りづらい忙しさもまた、ひとつの幸せと思えるようになりまして。ほんの少し前のことですが、振り返ると、ぼくなんざ、誰にも何にも言えません。

子どもの成長を期に、離れ離れになる家族の、最後の休日。
ふらりと、久しぶり、カヌーに乗れるかな。乗れなくてもまあいいか、天気も良いから、とりあえず出かけよう。支笏湖に行こう。

ガイドはガイドで、最後の休日に支笏湖でのカヌーをイメージしてくれたことを喜んでいました。

運次第、乗れる人、乗れない人、います。誰のせいでもないのですが、選ばれる人、選ばれない人、います。誰に案内されるかで、得られる感覚も別物です。
店に立っていると、そういった神さまみたいな人のイタズラ心の不思議をいつも感じます。
乗りたくても乗れない人、乗る気がないのに、乗ることになった人、‥いろいろ起こります。たった一分、いや、三十秒の時間差で、乗れる人、乗れない人が分かれる場合だって出てきます。

生きている間にカヌーに出会う人は、世界人口何億のうち、さて、一体どれくらいの確率だろうか。
出会うだけでなく、さらに心震わせ、気持ち良さに身を焦がした人は?
また漕ぎたいと、何でもない仕事の合間にふと考えている人は?

水の上にあるモノを知ってしまった人には、離れ難い世界です。


2017年3月25日土曜日

まだ降るよ、雪

午前、雪。しかし陽光で溶ける溶ける。

冬の靴と夏の靴のお手入れ。ありがとう、と、よろしく。
皮用ワックスぬーりぬり。今年はどの山にいけるかな。


左 ダナーのダナーライト
右 ソレルのカリブー。シャイアンレースフルグレインに押されてあまり出番がなかったが。

そうそう、この冬の間はほぼシャンプーを使わなかった。肉体労働時にはさすがに厳しいだろうが屋内労働なら問題なし。
いつの間にか刷り込まれている常識。「髪はシャンプーをするもの」
意外と、なくてもなんら困らない、というのはよくある話。

右に習えば正解…とは限らない。
何が、誰が、大切か、見誤らずにいこう。


2017年3月24日金曜日

尾道が支笏湖になった日


いい意味で。世界は狭い。遠いところなんて本当はない。行きたいと思えば。
一月前、共同、共働生活をしていた少年は、名古屋から自転車で尾道へ行ったそうな。

自転車とかカヌーの速度に馴染みがあるから、車の速度はめまぐるしすぎて、まわりの景色に見とれたりなんだり、気付くとのんびり走っている。
余談だが、遠藤ヤットもノロノロ運転だという。
マイペースは、顔に起因するのだろうか。

そんな理解されがたい感覚について初めて共感者が現れた。

少年だった。ぱくちゃんである。


photo by 安達茉莉子さん。

少年は尾道で仕事中の作家・安達茉莉子さんと支笏湖・氷濤まつりぶりの再会をしたそうな。
これから今治へ走るところ。

人間、出会う人には出会う。何度も。

こちらでは、湖でのツアーも動き出し、カヌーの話が日に日に増えてきている。先の予定を詰めてみると、あっという間に11月になる。なるだけ詰めこんで濃密な時を過ごしてやりたいものだ。


旅について。
『星の巡礼』パウロ・コエーリョ
p.44 ペトラス 
旅に出る時は、われわれは実質的に、再生するという行為を体験している。今まで体験したことのない状況に直面し、一日一日が普段よりもゆっくりと過ぎてゆく。ほとんどの場合、土地の人々がしゃべっている言葉を理解することができない。つまり、子宮から生まれてきたばかりの赤子のようなものなのだ。だから、まわりにあるものに、普段よりもずっと大きな重要性を感じ始める。生きるためには、まわりのものに頼らねばならないからだ。困難な状況におちいった時、助けてくれるのではないかと思って、他人に近づこうとするようになる。そして、神が与えてくれるどんな小さな恵みにも、そのエピソードを一生忘れることがないほどに大感激したりするのだ。



2017年3月23日木曜日

睡眠欲とカヌーシュー

久しぶりによく寝た。
読書熱が高じて、睡眠時間が削られていたようだ。パウロ、おっそろしいな。
どうやら、「11分間」という作品がぼくの目に触れたのは、パウロ好きであることが判明した「大和田慧」(24時間シンガーソングライター。)さんが元々のきっかけだったようです。

彼女は全部を読み終えてしまうのが寂しいので、ちょうど良い時期がきたときに、一冊ずつ大切に読むようにしているらしく、それを聞いてぼくは、少しというか、相当急ぎすぎていたことに気づきました。精神世界の話をするには「みよしの」ほど適したところもありません。
あと二冊、未読のパウロが手元にある(「ブリーダ」と「ポルトベーロの魔女」)のですが、一度落ち着こうと思います。暴走をとめてくれてありがとう。恋は盲目。
三月の20日間でパウロ8冊。この狂気を違うところにぶつけなければ。


今冬は「カヌーシュー」(造語)を楽しんだ。
カヌーシュー=カヌー+スノーシュー。
ぼくはカヌーも歩くことも好きだから、どちらも諦めたくないので、ふたつの楽しみを同時に味わってまえ!というわけです。

「二兎を得るものは二兎を得る」のです。
カヌーも山も自転車も歩きもランニングもコーヒーもお店もツアーも千歳川も支笏湖も書くことも、全部、ぼくは全部、諦める気がないのです。

カヌーでしかなかなかアクセスできない場所まで川を下りつつ、気になるポイントで上陸。カヌーは置いて、積んでいたスノーシューを履いたら人っ子一人いない裏山を散策するという、あれもこれもしたがりにはうってつけの遊び方。夏より快適に歩けるし。


ダウンリバー&リバーサイドウォーク。
欲張りな人には最高ですよ。気になる方はご一報。

次の日は、それぞれの千歳川。


兎にも角にもカヌーに一途な松澤代表。


静止画でも漕ぎ方に個が出ます。

カフェ終了まであと二週間ほど。完全なる冬の終わりは、ぼくにとって、カフェの終わりなのです。