2017年10月21日土曜日

期日前投票


期日前投票に行ってきた。
選挙権。したくても投票できない人だっているから実は当たり前でもないんだよね。意思は示さないと。
通る通らないはその後のこと。

安倍さんサイナラ。最初からサイナラ。
選挙結果に、日本やるじゃんと思わされたい。

2017年10月19日木曜日

来年会議


どんどん変わる。
当たり前だ。
ぼくらが変わる。
ぼくらのできることが増えていく。
やりたいことが深まっていく。
さらにさらに、その先へ。
まだまだ、何にでもなれる。できないことはできるようになる。
質を高次元で保ちながら、味わい深い空間を。

2017年10月17日火曜日

コーヒーとヤーマンと湖炎祭2017



photo by DAISUKE.K

初めて飲んだ時の衝撃は冬のモチベーションに今もつながっていて。
羽田空港そばの多摩川。初めて水の上に浮かんだときの衝撃が夏のモチベーションに今もつながっているように。
始まりは一目惚れ。たったひとつずつの恋は冷めることを知らず、知れば知るほどどこまでも深まっていく。

通りすがりの縁もゆかりも持たない人間には、通うお店ができたことが素直にただただ嬉しかった。暮らしている感じが、暮らせている気になれる気がして。

そこでは良い音楽が流れていて。何だろうと聞いたらシンゴさんで。
初めて行った由仁?ライブで座って聞いているのがしんどくて、この人、外で唄うべき人だと思いながら、踊り手と再会して音楽に委ねて。

去年、初めて湖炎祭が開催されて。
支笏湖。風、寒さ。焚火。炎。
ああ、この状況で唄ってほしいのはシンゴさん、間違いない、と残念な思いと共に確信。

自分が好きなことが何なのか、どういう意味を、解釈ができるのか。
もっともっと突き詰めていきたい。心はいくつになってもぐわんぐわんと振れ続ける。
振れる心を仕事に活かせるようにもっともっとなっていくのが年を重ねるメリットだろう。

2014年8月30日:【世界一のコーヒーと音楽
たった三年前。全てが不確かだった。

2017年10月16日月曜日

湖炎祭2017

2シーズン目の湖炎祭。


photo by NAOKI.M

笑いあり、涙はないが、ハプニングもなんでやねんも多々あり、毎度おおきに、ココアはやっぱりモリナ○なのであった。



2017年10月13日金曜日

時空を超える定山渓のカレー


四年前、兄のように慕った人に教わった定山渓のカレー。

‥ああ、あれから思えば様々、随分と変わった。
まっとうにやれているだろうか。いつかの自分に怒られそうな気もするようなされるわけがないような。


知る人ぞ知る。「カラバトカリー」。

ああ、ぐるりと、回った。時が満ちた。スパイスハイ。脈打つ鼓動。めぐる血液。高まる体温。
ぼくは鎌倉に行くのだろう。いや、行くことになるのだ。なんせ、世界はまあるいのだから。

導かれるままに流れることを忘れてはならないようだ。かつて、スーホーは友だちだったのか。
ぼくらは何度でも生まれ変わる。たった一食のカレーが大きく何かを変えることもある。
憑き物がとれたというか、身が軽くなったというか、必要なのは、執着すべきは今だけ。

2017年10月11日水曜日

言葉より速く



続く北通い。
雨竜のアンティークショップ「豆電球」のイケてる外観。

コーヒーとカヌーの相性の良さを認識させてくれたその人のことをここ数日考えていたら、たまの店番日、突然その人が目の前に現れた。
あれ?何で?

ふらりと立ち寄っただけとのこと。

贈った言葉たちを見たわけでもなく、というか、言葉を贈るぞという心だけが届くことがあるのだなあと、言霊の不思議を思わずにはいられない嬉しい出来事なのだった。

手紙を書くこと。
忙しいとできないしする気にもならないし忘れた気になるけれど、手紙を書く時間、誰かを思い、誰かのために費やす時間がぼくにはやっぱり必要なのだ。
ラインでは埋められないコミュニケーション欲を満たすのはスロウすぎる手紙だけ。

2017年10月9日月曜日

10/29(日)『恵庭ものづくりフェス2017』

千歳の変人・こにたん(小西木材)主催、かなり熱量の高そうなイベントが今月末に開催予定!
支笏湖からはマフィン屋さんも出店するらしいよ。


恵庭ものづくりフェス2017」?
「北海道のものづくりを盛り上げようというイベントです。

普段恵庭では見ることのできないような出展者や体験ができます。出展者と地域の方の交流、学生と出展者の交流、出展者同士の交流を目的としています。」

2017年10月8日日曜日

空飛ぶムササビタープ@シュマリ

本日、支笏湖は好天、あたたかな「紅葉まつり」で大賑わい。
人波にもまれるのはやはり得意ではない。
夏の疲れから逃げる術はないのだろうか。まあ、ないよなあ。


美しきフォルム。背景がまた素晴らしい。完璧。素敵だなああ。
久々、ムササビタープが気持ち良さげに宙を舞う、の図。

2017年10月6日金曜日

秋は赤いよ、そば畑@幌加内

会いに行くこと以外、好きだと伝える術を知らない。
何だろう。東も好きだけれど、気づけばいつも北に惹かれる。


今秋最大の学び。夏は白い花を咲かせることは知られているけれど。
まさかまさか。実は秋も負けていない。

おいしいだけではない、眺めても良し、そば畑。
秋、赤く染まるよ、そば畑。@幌加内(ほろかない)。

2017年10月5日木曜日

月とカヌー2018入荷

中秋の名月といえば、これ。【月とカヌー】の、はからめ月のカレンダー2018。


画像拝借。

かのあでは
・A4サイズのカレンダー
・ムーンサークルカレンダー(コットン100%)
取扱中。

気になる方はお早めに。
取り置きも可能でっせ。

今年ようやく出会えた匠さん、よし子さん。

カヌーを通してつながる人は皆、素敵。

こうあるべき。アホ臭いなりにとらわれているくだらないセオリーを明日中にはゴミ箱に捨ててしまうつもりで眠ろう。

そうそう、秋のオコタンペ湖、最高です。

2017年10月4日水曜日

「二十九、三十」秋と冬の狭間に揺れる銀杏ボーイズ

シュマリ、家外屋倶楽部、迫る湖炎祭、テンポを上げた秋足。
クレイジー極まりない刺激的な秋。
なんだか、泣きたくなるほど美しい景色だったり、手応えだったり、落ち込むくらい情けない自分に出会ったりして、容量オーバーなまま回り続けるハムスターみたいです。

おかげで、どうでもいいことは本当にどうでもよくなるから、そこは幸せ。どうでもいいことばかり考えるのがぼくの仕事のひとつではある。でも、足元より、やっぱり、空に手を伸ばす方が幸せ尚且つ健やか。


パンクしないために、ギリギリ待ってくれていた紅葉散歩。
photo by さ。

どうしたら良いのか、何にも咀嚼できないまま、しかし、誰に分かられなくても自分の内に刻み付けておきたい、「これから」のための新たな世界の扉がうっすらと見えたような。
太陽が昇ったと思いきや沈む短き一日。手の隙間からこぼれる。まるで器用ではないので、様々なタスクを同時に進めることができない。一つずつしかできない、何事にも意味が必要で、仕方がない。
自分の乗りこなし方を分かっておくことは自分のため、まわりのため。

感謝を伝えるには、何ができるだろう。
思い浮かぶのも、やりたいことも、できることも、いつも同じ。

どうでもよくないあの人に、なかなか会えなくなったあの人に。
会わない間に色々それぞれに起こるわけだけれど、それらをいちいち共有する時間も労力もなかなかかけられなくなっていくわけだけれど、
物理的距離を越えられるのは、ぼくには、いつも、たった一つの行為だけ。
すれ違っていく人と人。たまたま出会ったこと、たまたまよく顔を合わせたこと、それがいつまでも続くことは非常に稀、ほぼ皆無であることも分かるようになってきて、
それは決して悲しいことではなくて、人間だもの、とどまってはいられない。
そのとき、お互いに必要とし合った事実があるだけで満足しろって贅沢な話なんだろう。

久しぶりに手紙を書いています。
どうでもよくないあの人に。なかなか会えなくなったあの人に。
電話でもラインでもフェイスブックでもメールでもなく。とにかく、時間をかけたいのです。手間を惜しみたくないのです。手間こそ、無駄にこそ、人間らしさがこもると信じているのです。
何を書こうかななんてことは何にも考えずに、いつも、ただ、机に向かうだけ。
書き終わったらポストに投函して、投函してから少し後悔をして、相手に届くころには自分が何を書いたかなんてことはすっかり忘れていて、忘れた頃に向こうから手紙が届いて。
ぼくにはこのテンポがちょうど良い。知りたい人の本音だけがぼくは知りたい。情報は多くなくていい。欲しいのは、本音だけ。

書いていると、思います。思い出します。溢れます。困ります。声が聞きたくて仕方がなくなります。酔っぱらって気が大きくなったときくらいしか、電話もかけられなくなりました。

秋のせいだろうか。

話なんかしないでいいから、とにかく、アテもなくぶらりと街をふらつきながら、笑い合いたいと切に願わずにはおれません。
返事なんかなくてもいいのです。見返りが欲しくて手紙を書くわけではありません。ただ、好きだって言いたがりなだけです。言えないから書くしかないのです。会えないから書くしかないのです。
それでも酔狂な友人たちは、この時代にわざわざ目には目を、手紙には手紙を返してくれます。
銀杏ボーイズのCDが手紙と一緒に届きました。
なんだか、いつもより沁みるのはきっと、

秋のせいだろうか。

おしゃ!センチメンタル全開でいきまっしょい。

2017年10月2日月曜日

ソトカフェで学ぶ人生哲学


夢のような、泣きたくなるような異次元adventureを咀嚼しきれぬまま日常へ。

一夜限りだから許される関係があるように、
水の上だから許される関係だってある。
きっとまた会うことはないだろうから、取り繕う必要がないのかもしれない。
水の上で、これまで様々な人生をカミングアウトされてきた。

話したそうなら話を聞きたい。話したくなさそうなら何も聞かずにぼくが話すか水が話す、森が話す。楽しみたいなら、楽しませたい。
欲しいものを欲しい人に。イメージを壊しつつ、塗り替えること。

水の上では、どんな人ともお近づきになれる。


2017年10月1日日曜日

ホームに自分を壊される喜び

※【コメントについて】
コメント、見れるようになりましたのでご安心くださいまし!

9月の終わりと10月のはじまりの二日間。どっぷり支笏湖にいた。

明るくなっていくお月さん。けあらし立ち上る早朝。
カメラを持たないおかげで、途切れずに淡々と観察することができた。

色んなところに行く。
毎日見れないからこそ、一瞬一瞬が貴重。美しく、素晴らしい。

しばらくはそれで良かった。満足していた。だんだん、飽き足らなくなっていって。

ここでは満足できなくなっていって。
山へ、川へ、他の湖へ浮気をするようになっていった。

それはただの勘違いだった。
見ているようで、何も見ていない。周囲40キロ。最大深度363m。
一部に居続けているだけ。全体が見えるはずがないこと。
分かった気にならないで?
支笏湖が心の扉を開けてくれた、ような。信頼してくれたから、見せてくれようと、今、思ったに違いない。
本当の支笏湖。飾らない、取り繕わない、ありのまま。
「支笏culture」が香り立っていた。

フツーには見ることのできない別の顔。
それはやはり、とってもおっかなく、しかし、やはり、とことんまで美しく、素晴らしく、何より誰より、ぼくらはみんな自由だった。

ここは、なんて素晴らしいところだろう。

「本格」になりたい。

2017年9月28日木曜日

秋の北欧へ

雷とヒョウ、虹、闇を越えて、パスポートいらずの北欧へ。


一年には365日の朝がある。


ぼくらは一体いくつもの朝を寝過ごしているのだろう。
日が昇るとき、何をし、日が落ちるとき、何を?

「便利」は時間を節約した。その余った時間でぼくらは一体何ができるようになったのだろう。さもしくなっただけな気がする。
手離した、手放された時間‥いや、実感を取り戻したくて、現代にもカヌー乗りが絶滅の危機を常に感じつつもどうにかこっそり息をひそめているわけで。


what do you live for?
Who do you live for?

ただただ、美しさに酔いしれるためだけに生きる人間がちっとはいてもいいはずだろう。

lake シュマリ。
また行きたいと思える場所に出会え、またここにいられる幸運に感謝。

何かしたいというか、何もしないために何かする。
漕ぎたいというより、漕がないために漕いでいて。

呼吸をするように、当たり前に、自然に、主張せず、風景に溶けこむために、世界の一部になるところまで、音なきカヌーでゆらりゆらりと浮かぶのだ。

2017年9月24日日曜日

雪虫と栗拾い


冬を告げる虫を発見!今年はすべてが早い。早すぎる。
午前は「千歳川ダウンリバー」からの「体験カヌーツーリング」二本。
大きなサケライズ二回。

ホーム組・ほーりーふっくんぼく。
チーム鵡川:なおごろー。

ツアーごとに、変わるニーズ、お客さん。
変わらないなりに色を変える。
ニーズに応えられているか。

久しぶりの気持ちの良い秋晴れ‥となれば、一日三回転ツアーも笑って終えられるってもんです。

2017年9月23日土曜日

髪を切る


雨。今年の九月は、雨だらけ。
2月と8月は似ている。何も考えなくていい月。それが良いとか悪いとか関係なく、広さより深さ。底まで沈む。ズブズブと。一日をどうにか乗り越えることだけに必死になる、なれる、なるしかない。

3月と9月は似ている。何かを考えられるようになる月。何かが変わる不安とか何かが始まる期待とか今までとかこれからとか。
やらないといけないことと、器用に効率的に使いこなせずにいる時間とか。
季節に置いていかれぬようにするには、まずは髪を切らないと。
sp thanks  ふっくん美容室。

今夜も雷鳴と大雨soundを聞きながら、おいしいチャイを飲めばそれだけで一日は完璧になったりもするから人生は浅いんだか深いんだか結局のところよく分からないよな。

2017年9月21日木曜日

2冊目の「日曜日の遊び方」シリーズは紅茶

台風以降、湖は浮ついたまま。一度でいいから穏やかになってくれると安心できるのだけれど。

夏は大切にできないお客さんを秋はちゃんと、大事にできるのが嬉しい。
来てくれてありがとう、とか、何をしている人なのかな、とか、夏にはできない分、好奇心は疼く。しかし、疼くほどに疲れる。疲れると分かっていても。
友だちがいなくても大丈夫なのは、友だちのような付き合いを仕事で実現できるからなのだろう。そばに友だちがいたらぼくにはこの仕事に充てるエネルギーが余らなかっただろう。

しかし、にしても、水の上だと流暢に喋れるのは何なのだろう。


部屋の乱れは心の乱れ。夏にはできなかったことに着手。あれこれ片付けやら小さなストレスの芽を摘みとるで期間に突入。

片付け中に発見した本。
「日曜日の遊び方 本格派に捧げる一杯 紅茶、知って味わう」


あれ?このデザイン、見たことあるぞ。ん?



‥それもそのはず。
以前、恵庭のチョイ悪オヤジ氏からいただいた「燻製自慢」と同じ「日曜日」シリーズではありませんか。
皆様。眠っている「日曜日」シリーズがあれば、喜んで引き取りまっせ~。

「本格派に捧げる」とかこういうフレーズにはてんで弱い。カヌー乗りはみんな弱いと思う。
紅茶の世界も奥深いという話はよく聞く。しかし、紅茶は紅茶。まあまあまあ。と思いつつ、チャイ熱が高まっている今ナイスタイミングで出会えた気分。

勉強するには秋が最良。

2017年9月20日水曜日

石川直樹展『New Map for North』@宮の森美術館

石川直樹展『New Map for North』へ行ってきた

表現者として、イチバン信頼している。

日本の端ではなく、北への入り口として。
先日、知床でヒグマに遭遇したらしい。星野道夫さんにならなくて良かった。

九月。インプット月。学びたいこと、知りたいこと、やってみたいこと、やれるようになりたいこと。様々、思考と行動を縫い合わせていきたい。自分のことを考えることがまわりのため。
久しぶりの街での何でもないコミュニケーションがぎこちなさすぎて新鮮。
ああ、普段いかに自分らしくいられていることか。

北海道神宮はリスだらけ。手を清めて拝む。たまにこういうネイチャーなだけではない森に入るとしゃんと背筋が伸びて良いのだよなあ。不要物を捨てられるというか。

会期:2017年8月6日(日)―2017年10月1日(日)
会場:札幌宮の森美術館本館 札幌市中央区宮の森2条11丁目2-1
開館時間:10:30−19:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日
観覧料:一般800円 シニア(60歳以上)高大生600円 中学生以下無料
札幌国際芸術祭2017パスポート提示により300円でご覧いただけます。
主催:札幌国際芸術祭実行委員会/札幌市
企画協力:アヨロラボラトリー
協力:札幌宮の森美術館 + NPO法人CAPSS/北海道博物館/キヤノン株式会社
助成:平成29年度 文化庁文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業/一般財団法人地域創造/ニトリ北海道応援基金/損保ジャパン日本興亜「SOMPO アート・ファンド」(企業メセナ協議会 2021 Arts Fund)
駐車場:無し
お問い合わせ:011-612-3562

2017年9月19日火曜日

資格とは何ぞや。


資格とは何ぞや。

自己研鑽?金?見映え?人目?説得力?安心?メリット?

何事にも意味や意義を必要とする癖がある。いちいち考え込む。何のため?
そこが不明瞭だとモチベーションが高まらない。
癖は治りそうにないので「面倒臭い」は誉め言葉だと思い込むことにしている。
あっても困らないのであれば持とうと試みるのも良いのかもしれない。
なんだか、丸くなってきた気がする資格元年。

アウトドア大国北海道には「北海道アウトドアガイド資格」というものがあるのです。

2017年9月18日月曜日

ようこそ、外の世界

台風18号。湖が大海原化しています。
今季初全ツアークローズ。


こちらは先日の団体ツアーの様子。賑やか子ども天国。
ご参加されたのは↓の皆さま。
【千歳市】森のようちえん「といとい」

今年の会員は既に定員ですが、単発での見学は随時募集中とのこと。


「20年生まれ育った場所に馴染まなかったの?」
先日のツアーで、驚かれた。
出身地を聞かれるのはいつものこと。飽きるくらい聞かれる。聞いてくれと顔に書いてあるのだろうかという位。
そういえば年齢はあまり聞かれなくなった。
よそ者っぽさが香り立つのか、こっちの人だと踏んでなのか。
リアクションは様々。若さ、勢いだけが武器だった時代には聞かれずとも自分の話やこれからのことばかり話した。
少しずつ、がっかりされる場合もあることを学んだので、自分からは極力言わない。能ある鷹は爪を隠す戦法だ。主張せずとも自分が分かっていればそれでいい、という感じになっている。
聞かれれば答える。それまでは否定も肯定もしない。どこの人だろう。単純な好奇心だったり興味を持たれることに抵抗はない。というか、むしろ、嬉しい。人が一番大事だから。

人は結局、小さいころに好きだったことに返る。
ぼくの持論。
ままごとが好きだった兄は今、舞台で表現している。
都会を脱出し、山へ海へ森へ田へ田舎へ連れ出されてばかりいたぼくは湖にいる。

海の恐さやおいしさ、田んぼのドロドロや五右衛門風呂、春のふきのとうをお土産にしたこと、軽トラで運ばれた大移動、夜の黄色いテント。自分たちでつくった白米の湯気と輝き。自転車で海まで行ったこと、夜通し眠りながら歩いた川原、クレイジーソルトの素晴らしさ、寒すぎて眠れなかった冬の小屋。‥

学校では誰も知らない外の世界に通ずるドアを何度も設けてくれた親にぼくは今、改めて感謝しているから、いつか、彼らも親に感謝することになるんだろう。そのお手伝いをできるのも嬉しいね。
外の世界はおっかないけれど、素晴らしい。

2017年9月16日土曜日

『千歳を知ろう!!』@千歳タウンプラザ

何もできない夏とは違うスイッチが入れられる秋。


9月15日。サケについて学んだ。
何が素敵って、吉光さんの声。惚れそうだった。

迷うことなくすべての個体が生まれて程なく海へ下るサケ。
生まれ変わったらぼくは千歳川に生まれるサケになって、オホーツク海、北太平洋、ベーリング海、アラスカを泳ぎ暮らしてみたいもんだ。


2017年9月14日木曜日

夏の終わりは川が教えてくれる


夏の延長戦のような九月。
たまに千歳川に出れるくらい。

がっつーん。
厚みのある川の刺激は、体裁に興味のないぼくの思考も変えるらしい。
一緒に漕ぐこと。そうだよな、カヌーガイドだもん。言葉で会話なんかしないでいいんだった。
静水とも異なるパドルトーク。

Sp thanks Syuhei&Yasuさん

2017年9月12日火曜日

茶色いコーヒーと澄んだ支笏湖


一日、雨。久々、店にいる。手を付けられずにいたあれこれに取り組む。ああ、ようやっと、夏の間停止していた思考が動き出している。

夕方の店内。電話が鳴った。

「あの、旅行をしている者なんですけど‥今日何時までやっていますか?‥今札幌なんですけど、先日そちらで飲んだコーヒーがおいしくって。天気が良くて目の前の湖がきれいだったというのもあるかもしれないんですけど‥今日は雨ですね~。あのコーヒー、今日も飲めますか?」

分かるかなあ。この気持ち。
派手さはないけれど、足元からじんわりと体内をめぐる静かな、確かな感動。

生きていると、嬉しいことがある。
ぼくは良い仕事がしたい。うん。

「いい仕事がしたい。ただ、いい仕事がしたいんです。ドキドキしたいんです。手に汗を握って、息をするのも忘れるような、そんな瞬間に出会いたい。」
(『問題のあるレストラン』より)

好きなことを諦めないこと。好きなことを見つけること。好きなことを馬鹿にされること。好きなことに気づくこと。好きなことを一番とすることに決めた日。自分の好きを信じ抜くことにしたこと。好きなことなだけにおっかなすぎたこと。好きなことで暮らす本当の意味。

コーヒーが茶色いのは、色んな人の、色んな気持ちが混ざるから。

どうせなら、せっかくだから、コーヒー豆も買えるから、と恵庭の『きゃろっと』をご紹介。

コーヒーをおいしいと言われると、全存在を肯定された気になる。
生まれつき、自己肯定感の高さは群を抜いているつもりで周囲から気ちがい扱いをされ続けてきたけれど、もしかするとそれは逆に自己否定感が高すぎて逆に振れただけの話かもしれない。

茶色いコーヒーを澄んだ湖上で。夢と現実のコントラスト。

2017年9月10日日曜日

湖畔のgoodman

夕方、今日を無事に終えたどるふぃんと談笑。乱れ出してきた秋の風をいかにやり過ごし、柔軟に対応していけるか。
一日の終わり。働く男の良い顔がそこにあった。良い顔をして働く男はカッコ良い。


トッカリショ!
室蘭の隠れ名スポット。名前が良い。名前も良い。

ぼくらは「何のために毎日カヌーを漕ぐのか」。答えはみんな同じであるはずがなく。
誰に強要されたのでもなく、自ら各々選択をして。
かつて暮らしの道具を積み込んだカヌー。今、どんな思いを乗せて漕ぐのか。枝葉の前に根っこが張る。
「何のために生きるのか」と答えは一緒。
昔からずっと、「カヌー」と「暮らし」は切っても切れない夫婦のような間柄。




2017年9月9日土曜日

「品のある」川 カツラの芳香とホッチャレ


今年の初Sotocafe日、まさかの7月2日。
今日、そのときにご案内したお客さまがぼくににじり寄ってこう告げた。
「‥二回目です。(にやり)あのあと、サケのふるさと千歳水族館も行ってきました。樽前山も外輪山を一周お勧めされたとおりに歩いてきました。どちらも最高でした。で、今日は娘も連れてきました。」


(なんだか、息つく間もなく九月の終わりも見えてきてしまって、ああ、冬が近づいてきている気がして、冬のことを思い出したらこうなった。)

ああ、ぼくはこういうのが嬉しい。
たった一瞬水の上でつながるだけでも嬉しいけれど、さらにさらに、ツアーを非現実で終わりにせずに陸に持ち帰って、つなげてくれていたことが嬉しい。暮らしへのコミット。大事な人を連れてきてくれるというのもまた嬉しい。
自分が夢に描くやさしくあたたかな相互方向の関係性が生まれる可能性があり、つくろうとさまざまな手法でもって試みることができるカヌーガイドという生業。

午前。体験カヌーツーリング。予報を裏切るナイスコンディ。湖へ。
何もしない、漕がないカヌーがぼくは大好きだから、なるだけ、漕がないように漕ぎたい。

午後。千歳川へ。この頃ダムの放水量による水位変化が大きい気がする。昨日はダッシュ。今日はゆるり。
青森のカヌー乗りは「きれいな水でないと楽しめないから十和田湖と支笏湖でばかり漕いでいます。激しいのは特に求めていませんので。」
ああ、レアな方。すごくよく分かる。ぼくもそうだから。ならば、千歳川はあなたにぴったりにちがいない。

秋。濃厚なコミュニケーションが取れる季節。素晴らしい。
すべてはめぐる。循環の一部としての役割を果たせている気分。

2017年9月7日木曜日

もやややーんツアーとかねひろジンギスカン

去年の今頃出会ったシンガーソングライター。大和田慧。


年数じゃないんだよね。今までもどうでもよくて。今。とにかく、今が大事。今、目の前の人、世界を大切にしているかどうか。
丁寧に紡ぐ誠実な人としかぼくは友だちになれない、ならない。
そんなわけで、ぼくらの友だち。

2017年9月6日水曜日

Too much to regret but do our best,do our best by KEMURI

KEMURI 『Rules』より。

本日、常連団体さま。支笏湖は運動会。

助っ人といえば‥


ありがどるふぃん。
カヌーがつなぐ人の縁。

肉体というか、思考労働。戦術。
結果はどうあれ、頭はフル稼働。
これからのことにだけエネルギーを向けていきたい。ぼくの希望。

2017年9月5日火曜日

今日できることは今日整える

先日の朝カヌー‥朝naoki。


午前。久々SotoCafeでナイスコンディに当たった。しかし、カメラが修理中なので撮影ができないここ数日。
センスの良いおにーさんだったので、いつもなら行かないところまで遠出。

「一般的に、人は言葉を介してコミュニケーションを取っている(言語コミュニケーション)と考えられていますが、相手から受け取る(意味を感じた)メッセージは40%に満たない‥つまり、言葉によるインストラクションは、特にわかりやすい適切な言葉で行わなければならない‥」

北海道アウトドア検定[応用編]テキストより引用」

まあ、そんなこんなを思いながら非言語コミュニケーション60%をやけに意識しまくって行ってみたツアー。うん、別にいつもやっていることだった。
非言語コミュニケーションとは「表情・口調・ジェスチャー・立ち姿・声の強さや抑揚」等。

午後はかわいい団体さん。

からの、明日の準備を入念に行う。
準備は万全にしておきたい。もうこれ以上やれることはない、というところまで整えておきたい。やることは分かっているのだから。当日にハプニングに迅速に対応できるように。
心の余裕をどれだけ自分たちが持てるかは、ツアーの質に大きく影響する。
金にならないこの時間が大きな金を生むわけで、準備のための時間確保もシフト管理における課題だ。

2017年9月4日月曜日

念願の「マーシュ亭」


お勉強がてら久々札幌。
ずっと「おいしいおいしい!」と聞かされ続けたお店へ。


日本の西洋料理、マーシュ亭。札幌。ファクトリー近く。

カツの揚げ方?衣の付け方?は神の領域。
あまり得意でないルーカレー、激ウマ。このカレーで幸せにならない人は人じゃない。
他のメニューで出たクズ野菜をぶちこんでいるとのこと。
旨味がちゃんとあるから、濃さや油でインパクトを与える必要がない。胃もたれしない。
たいめ○けんより、マーシュ亭。東京より、札幌。
金を積まずとも、確かな舌と嗅覚さえあれば、
ハイクオリティな味・店に出会える北国。

おいしい、は幸せ。その間だけは他のことがどうでもよくなる。
九月になった途端、食欲の方向性が変わり、睡眠欲もがつんと増した。夏のデトックス期間。

2017年9月3日日曜日

団体カヌーツアーセカンドシーズンイン


今年の団体は転覆知らず。

夏のパンツはファイントラックのクロノパンツ。もう君以外愛せない気でいる。
しかし、試さないことには新たな恋は実らない。
ということで、mont-bellのズボンを初めて履いた日。
サニーサイドパンツ


うん、やっぱりファイントラックの、まるで履いていないような着用感って改めて凄まじいことが判明。一度お試しあれ。快適指数高すぎ。
通気性という面では太刀打ちできない。真夏は中で汗をかきそうだから穿けないかなあ。
けれど、しかし、このサニーサイドパンツは耐久性がウリ。
なんと、膝と尻の生地が二重。
ズボンはまず膝から破れるのがカヌーガイドの宿命。
通気性のイマイチ感はつまり耐久性◎につながるわけで。
さ、何シーズン持ってくれるか。
裾のドローコード制作もせねば。



2017年9月2日土曜日

目覚めのコーヒーをカヌーで迎えてからの、ただいま、千歳川

夏の「朝カヌー」は太陽の勝ち。起き出しが早い。
秋の「朝カヌー」はぼくらの勝ち。ツアー中に太陽が目覚める。


左から、ほーりー(メインフィールド:居酒屋)、りょーくん(シュマリ、天塩)、ぼく。

一本目。朝カヌー。
眠気眼のささやき声で挨拶を交わす。
ぽつりぽつり。徐々に徐々に、目覚めていく身体、思考、行動、言葉、表情、仕草‥。
あの時間。素晴らしい朝でした。
化学反応。共鳴。関係性の構築。過程。向き合い方。寄り添い合うこと。どの言葉。どの間合い。どこで笑ってみるか。そぶり。素直に、感じるままに、何よりまっすぐ。
つくりたいものは明確。多分、一人のときにしか到達できないこの質感。温度。ゆらぎ。爆発というより、とろけあい。限られた時間の中で。
やっぱり、ぼくはこの仕事で表現するしかない。この仕事でなら表現できる。イメージを具現化できる。
恋に破れたときも、仕事は裏切らないと唱えながら店と格闘したおかげで今がある。この仕事はぼくをありとあらゆる物事から解放してくれる。

二本目。午前、「体験カヌーツーリング」へ、なおき・大と。同じ枠だが、「ファミリーカヌーツアー」とは明らかに客層が異なる。空気が入れ替わったことを実感。

三本目。午後、お久しぶりすぎる「千歳川ダウンリバー」。ドキドキ。
世界を股にかけたクレイジーな遊び人。話を聞いているだけで旅をした気分。世の中変な人だらけであることにどこかで安心している節もある。まだまだぼくなんざ、フツー。
あちこちで珍妙な体験をしている方から見ても、やっぱり、千歳川の美しさは心に届くものであるらしい。世界の‥千歳川。

いやはや長かった。おかえり、プライベートツアー。
狭く深く何度でも。
この快感をずっとぼくは待ち望んでいたことに気が付いた。さらば、夏。よく耐えた。
サケ。栗ごはん。食べごたえのある秋がやって来る。
欲しいのは、手応え。そう、deep impact!
思いっきり、おののきたい。


2017年9月1日金曜日

九月だよ、体験カヌーツーリング再開


昨夜、夏さらば会。
たんたんがどるふぃんにライフジャケットをサプライズプレゼント。


photo by なおき。

すっっげ嬉しそうで、ぼくも嬉しい。
湖にとりつかれたら逃げられないんだよ。わはは。
黄色いライフジャケットはヒューマンチェーンとも言うそうな。



2017年8月30日水曜日

朝カヌーから始まる一日はやけに長い

朝6:00~7:30。
‥といえば、朝カヌー。
本日朝。気温、10℃。九月終わりの気温だとか。素足にサンダル。季節外れ感ありあり。


鳥よりも早起き。
太陽の出足が鈍ってきた。


誰もいない水の上で飲む「本気のコーヒー」がマズくなるはずがないのだよ。淹れ方も気持ちも大事だけれど、この場合はロケーションが一番重要だよね。

「水陸両用」という言葉がぼくは好きだ。陸でも水でも通用するコーヒー、カッコ良すぎ。どちらでも稼げるのは楽しい嬉しい。


お腹がすいたら帰ろう。朝カヌー。それは、朝ごはんをおいしくするとっておきの時間。

朝カヌー後、ツアー前のガイドを捕まえてもう一漕ぎ。


二夏目の終わりまであと一日。ドタバタの夏、こういう時間がぼくらの手元にようやっと帰ってきた。


休日ともなれば、一服。ああ、一服する時間も長いこと確保できなかったことに一服して初めて気が付いた。色々あったなあ、思ったなあ。何でも口にするのが正解ではないことも幸か不幸か学んだような気もする夏。何とも難解ポジションだこと。

好きなことしよう。好きなことだけしよう。それが何より自分のため。
自分のためが一番まわりのためにもなることをぼくは知っている。
我儘なまま、思うがまま、面倒臭いまま、言いたいことはやっぱり言うし、口だけでなく、やることはやって、ぼくはぼくをだけ究めるために日々を費やそう。

2017年8月29日火曜日

対応策のないミサイルと誉められる喜びと人間臭さ

ミサイルが降る。
ミサイルより眠気が勝った朝。とにかく、ぼくは、ぼくを続ける。


絵になる美男美女SotoCafe。

本日、能あるガイドはパドル隠してコーヒー淹れる、ということで店番day。
久しぶりだと絡まれるのも楽しい。

客「(「本気のコーヒー」というコーヒーメニューについて)本気ってどうゆうこと?」
ぼく『‥(絶妙な間合いを取ってから頷きつつ)ええ、まあ、‥本気で淹れてるんです(大真面目な顔でドリップする身振りも交えて少し小声で)』
客「(大真面目な顔で眉間にしわを寄せつつ)え?」

「自家製大人のジンジャエール?大人ってのは?」

ひとしきり小芝居をうったら、飲み物をようやっと提供する。

コーヒーもジンジャエールもとてもおいしかったようで、
飲み終わってから
客「ジンジャエールってどうやってつくるの?変な刺激が全くなくてやさしくってすごくおいしかった!こっそり教えてよ」
ぼく『(馬鹿じゃないので重要工程は秘密)かくかくしかじか‥ですよ~』

出先でおいしいものに出会えたとき、すごく嬉しい。ぼくは何でもおいしいとは思わないから「おいしい」は一つの奇跡。
仕事で誰かを「おいしい」に出会わせられたとき、ぼくはとってもとっても嬉しい。広末涼子。奇跡を提供できたということだから。
ぼくの「おいしい」と誰かの「おいしい」が重なりあったときの喜びは、カヌーで支笏湖を漕いでいるときにお客さんと共有する「美しい」と似ている、というか同じ。
同じものに同じような反応が起きたときの一体感はセックスに似ている。
共犯者、のような一種独特の秘密結社風連帯感が生まれるのだよなあ。生モノは良い。

自分のつくったものが誰かを幸せにする。得も言われぬ喜びたるや。
飲み物も湖も、店でもカヌーでも、水はいつもぼくに生きがいを与え、寄り添い、見守ってくれて、こともあろうか暮らすためのお金は勿論のこと、美しい人まで連れてきてくれた。なんて幸運だろう。

何を食べたらよいか迷えるお客さんに千歳一のラーメン屋を教えたら、「今まで食べたことのないおいしさだった」と報告してくれたりとか、
店には店の物語が水の上とは別次元に毎日生まれているのだよなあ。どちらの物語も興味深い。

何を考えているのか。どう思っているのか。ぼくが知りたいのは、その人の心根。その人の言葉。その人の本音だけ。
ぼくが築きたいのは、本当の信頼関係だけ。それ以外の上っ面だけの間柄はいらない。
仕事とか、立場とかは関係ない。全部、一緒。
分かりあうことは一方通行では不可能。
恋愛関係ではないけれど、どんな人間関係を構築するにも必要不可欠なのは、好意。好奇心。
利害関係‥身体の関係がないほどに、好意の有無が重要。らぶあんどぴーす。
つまり、ミサイルを止めるのは圧力強化ではなく、愛なんだ。V6。アメリカさんは世界をどうしたいんだろう。

2017年8月28日月曜日

多分最後と思われるファミリーカヌー三回転

アウェイ感に打ちひしがれる必要はない。
必殺技で一気にアウェイをホーム化する。ファミリーカヌー伝統芸の一端に触れた午後イチ。最初から掴みにいこうとするといけない。


良い女、良い水。
水臭いなあ。Happy Birthday!

今年の夏は始まりが早かった。毎年毎年、色々ありすぎたなあ。
あと三日。
のらりくらりといきまっせ。

2017年8月27日日曜日

ガールズSotoCafeと行き着くところまでたどり着いたファミリーカヌー

常連さんの存在。
これほど、励みになることはない。
美しいと自分が信じるものを肯定されて嬉しくないはずがない。
好きだと100回言われるより、何にも言わずに会いに来てほしい。
顔を合わせること。これより贅沢なことはなく、そこからしか物語は生まれない。


photo by ほーりー。改め、心の友。わはは。こちらも先日の常連さん。というか、もはや身内をご案内の図。

大人数×夏=ドタバタ=ファミリーカヌー。この方程式をさらりと覆す隊長。
特別なことは何もしない。しかし、何だろう。目撃したツアーはすべてがすごかった。いや、まだ終わってはいない。確か2012年からファミリーカヌーは始まった。六年目。凄みも出るか。見れば見るほど、不思議。

人のツアーを見ることが多い。ガイド次第でフィールドの印象がガラリと変わることを強く感じる。
一人のとき、二人とのとき、誰と誰のとき。空間づくりは生ものだから色んな人の間にあるものが明らかになる。なってしまう。オモシロイ。
一番ガイドとして引き気味ポジションのぼくは、オラオラするにはやはり今年もエネルギー不足。
すごいツアー、良いツアー(完全なる主観による)はすごいと素直に伝えるようにしている。
ツアーが終われば残らない、分かりにくい価値だったり、判断基準。共有した人がいれば、ツアーが終わっても記憶として鮮明に残る。

良いものは良い。似合わないものを似合うとは嘘でも言わない。一瞬のその場を取り繕うための労力はいらない。
思っていることだけを口にする。誰がどうでも関係なく、ぼくは自分自身に誠実であれればそれで良いだけのエゴイストだ。
好きなことだけ、好きなものだけ、好きな人だけに全エネルギーを費やした末に空っぽになって息絶えれば最高の人生。

2017年8月26日土曜日

良いツアーと自覚

昨日から吹き始めた秋の風。
昼間は地獄のような大雨、強風、雷。夢のような一瞬が過ぎ去れば、なんて素晴らしい時間。


カヌーを漕ぐために。‥のさらに先の世界。
午前も午後も素晴らしいコンディション、気持ちの良いゲスト。
漕がないカヌー、内なる宇宙・自己とつながる時間。「魔法使い」、かあ。

集合体について去年ほど頭を抱えてはいないけれど、それは型が出来上がりつつある「成熟」では決してなく。むしろ去年よりちぐはぐかもしれないし、しかし、ちぐはぐこそが自然体で、溶け合わない面白みもあるような。
系統は全く違うけれど、いつかの自分を見ている気にもさせられる。

「感謝」の念が発生したのは、ぼくの場合は店だ。店がなければクソガキのまま旅立っただろう。
店を回そうとしてみて、回してみて初めて分かったことが沢山ある。そこには感謝しかなかった。
同じ土俵に立たないことには分かるはずのないことが世の中にはある。
10代のとき、20代なんて同じようなもんだろと馬鹿にしていたけれど、20代になったら10代なんて鼻くそ以下だったわけで。しかし、それは若さ故。若さで許されることは多い。ぼくはそろそろ三十になる。ただの馬鹿では許されない。ガッテンさんは「若いうちはまわりにうんと迷惑をかけろ」と言っていた。かけたくなくてもかけまくっていると思いながら聞いていたけれど、迷惑をかけまくったおかげで感謝の念も生まれまくるというわけだ。

感謝、尊敬。
毎日が当たり前に回ることが当たり前ではないことを肝に銘じ、己の能力を提供することで成長していく。
役割がめぐれば、人は変わる。期待せずに期待すること。これはなかなかどうして難しい。

2017年8月25日金曜日

9月20日(水)は「メイミーズ×ミナミナ市」


今日の風は秋だった。
夏の終わりを指折り数えているよ。


九月の新月。恵庭のカフェ・メイミーズ(庭が広いらしい)にてイベントあり。
鵡川のオーガニックピザ(うまい!)やら支笏湖のマフィン屋ペンネンノルデさん(うまい!)やら、kiyocafeさんやら卵・乳製品不使用のporinさんやら。
美味しいものと雑貨もあるそうです。

2017年8月24日木曜日

雨のSotoCafe

朝から雨。
以下、ぼくのSotoCafe感。

親しい友人を水の上に連れ出すような。
とっておきをこっそりと。
ファミリーカヌー用スイッチは必要だけれど、SotoCafeスイッチは特にいらない。
ガイドが自分らしさを矯正せずに思い思いに行う自由なツアー。


SotoCafe。

ツアーというか、カヌーというか。
あくまでカヌーは道具であって、主役ではなく、カヌーに乗ることが目当てでもなくて。
ぼくが主役でもなくて、お客さんが主役ということでもなく、雨が強まったり弱まったり風が吹いたり凪いだり、晴れ間がさしたり、カッパを脱いだり‥
その時間内に起こる天候の変化を一緒に、寄り添いながら味わっていく。
特別なことを何もしない特別。
それが良いとか悪いとかではなく、何というか、淡々と。誇張も卑下もせず、誠実に。
しかしそれを水の上という非日常で行う。

このツアーがなければ、多分、ぼくは今もカヌーガイドではなかったかもしれない。

カヌーだけではなくて、コーヒーだけでもなくて、
慌ただしくもなくて。
目の前の景色を、水を、空間を、人を、16フィートのカヌーで愛するツアー。
より良く生きたい方のために。
何でもないことを、何でもなくない水の上で。


2017年8月23日水曜日

晴れた日の店番


ナイスコンディ!
こんな日に限って‥店番あるある。オーメン。
気持ちよさそうに帰って来るガイド勢、お客さんたち。

ツアーに出なくても、ツアー前・ツアー後のお客さんの顔つきでそのツアーの空気感はすぐ分かる。
良い顔になって帰ってきたら嬉しいのは本当。羨ましすぎるのも本当。ぼくも外に出たくて仕方がなくなるのも本当。
内心穏やかとはいかないのはまだまだクソガキだからだろう。
夏は水の上だけで味わいたいのは、素直なところ。去年・一昨年は、こんなこと意地でも言わなかった。言えなかった。認めてしまったら、店にいること‥日々が苦痛でしかなくなってしまう。自分を守るためにぼくはコーヒーに固執した。

消化しきれないものは夕方カヌーでリセットすればいい。

水の上:いかに良い空間をつくり出せるか。真っ白い画用紙にその日の色を塗っていくような。
夏の店の中:いかにミスなく効率的にこなすか。型を的確になぞる。模倣。

右手にパドルを持ちながら左手にそろばん。パドルを持った時にはそろばんのことを一切忘れられるような完璧な切り替えスイッチを持つのが理想。

『久しぶりに店番をやるとリズムが掴めなくてなかなか大変だなあ。』
「ふーん。じゃあ、べんべは店番の気持ちも分かるってことだね」

小学一年生の助っ人の言葉に唸った久しぶりの夏。

バウとスタンみたいじゃないか。ソロとタンデムみたいじゃないか。
どちらもできればどちらの気持ちも分かって、寄り添えるわけで。
そうなれば、思考も行動も変わる。世界が開く。

できることをできる人がやる。それもひとつ。
みんなが何でもできる集団の方が強くて優しくなれる気はする。
多分これは間違いないけれど、人間だもの、癖がある。それはなかなかどうして難しいことも分かっている。

できないことは何にもないさと、いくつになっても強く信じながら暮らしていきたい。

2017年8月22日火曜日

本当においしいの?


外食というハイリスクな人体実験がどんどん、年々、おっかなくなっていく。
濃ければ良かれ、分かりやすければ良かれ。
悲しいかな、「味の濃さ」というインパクト一辺倒の店が増えているような。

人気のある飲食店へ。
ん、どこがおいしいんだ?
みんながおいしいと賑わう店。
しかし、ぼくはぼくの舌を誰の評価より数より何より信じている。

うん、イマイチ。

あざといもの、意図が全く伝わってこないもの。中身、思いが無いなら、つくらなければいいのに、と思う。抑えきれない衝動、情熱がないのであれば表現する必要はない。
「おいしい」を換金化するには覚悟がいる。

カヌーのハードルは高いけれど、飲食のハードルは低い。生きることは「漕ぐこと」よりも「食べること」である人の方が多いから。
何をおいしいと感じるかは人それぞれ。

人がどうでもぼくのおいしいを信じ抜こうとやっぱり思った休日の学び。


2017年8月21日月曜日

到達点と限界設定を設けない


写真:7月、札幌、チカホへ出店した「ペンネンノルデ」×グッドマンジュエリーワークスのgood man 乾(イヌイ)氏。今年の良き出会いのひとり。
この人のつくるジュエリーは天下一品。どの世界でも、シンプルが最強。


ぼくはSotoCafeに四年ほど出続けた。その後、店に居残るようになって、今年ようやっとガイドモードの割合が二年ぶりにようやっと少し高まってきた。
その間、ファミリーカヌー隊長はずっと夏限定のこのツアーを守り続けてきた。
知らない間にファミリーカヌーツアーの質は物凄い高次元に到達していた。
今年は今までで一番ファミリーカヌーツアーについて考えている。今までの蓄積がほぼ皆無なのもあるけれど、非常に新鮮。

隊長の根っこにあるのは「いかに仲良くなるか」であるようだ。
人を人として見ること、向き合うこと。
小手先の技術というか、戦略というか、それ以前の捉え方、もっといえば、暮らし方であり生き方がツアーにはこっそりと、しかし、確実に滲み出てくる。
もややや~んとした放課後のような空間が短時間ツアーでも醸し出せるものだったとは驚きだ。また、ああいった形にならない空間の存在価値をすかさず共有できるというのも貴重なんだよなあ。

物語は一日にして生まれず。カヌーガイド、なんてフレキシブル、なんてcreative、直感的な仕事だろう。客観視すると興味深すぎる謎の生業。
秋になれば愛する千歳川のツアーが解禁となる。狂人コミュニケーションがウリのぼくは狭く深く沈むのが最良。
ゆーっくり、丁寧に、言葉を噛みしめながら静かに漕ぐのが今から楽しみだ。

2017年8月20日日曜日

呼吸と姿勢 心と向き合い方

北海道の夏休みは終わり。
しかし、ぼくらの夏は続く。いやはや有り難い。いやはやこんちく‥おっと失礼。
忙しさの中でも心を亡くさないようにやれている。

予約メール・テイクアウト・問い合わせの電話。ツアー受付・雑貨販売‥お店が滞りなく回ることが大事。
ツアーの質が保たれているかも大事。皆が健やかであるかが大事。

個人プレイでは回らない、回せない。この時期だけは足並みを揃える。
困っている人がいたら助けるのはフツー。当たり前。人としての当たり前だと信じている。うん、信じたい。信じさせてくれよ。
楽しいことは勿論、しんどいことほど、何事も分け合った方が楽しい。おべんちゃらはいらない。


(夏前半戦。「月とカヌー」の匠さんを囲んでツアー後のパドルトーク)

できることが多いとか少ないとかは問題ではない。
何をしているか、できているか。
何を一番大事にしているのか。
アクセスの方法は違っても同じ水が流れていれば心地よいはずで。

受け身なのか、能動なのか。
自分の役割は何なのか。
忙しいときほど、忙しいときこそ、自分の声を聞いてあげること。
それはめぐりめぐって周りのためにもなる。

何のために、何がしたくて、今ここにいるのか。
簡潔明瞭な答えは常に持っておかないと。
自分と向き合えない人が、目の前の人と向き合うことなんて不可能。
そもそもその気がなければ、物語は始まりようがない。
一日とどう向き合おうとしているか。気概。誠実であろう。

2017年8月19日土曜日

布団がぼくを捕らえて離さない

夏のはじめから流し始めた「夏の終わり」。
さて、終わりが見えてきた。
ここからだ。


photo by Daisuke.K

団体カヌーではなかなか到達できない空間がつくられた朝。
久しぶりに一人で出たファミリーカヌー。
今シーズン初のファミリーカヌーで湖へ出た。
背中で語るファミリーカヌーがあってもいいだろう。
 
ソトカフェとファミリーのテイストは異なるが、ぼくがやればそれはぼくの色になる。ぼくの色にしかならないとも言う。
ぼくが表現したいものはツアーが変わっても変わらない。
イメージを実現できる可能性が高いのは長時間のツアーであることは間違いない。
短時間、大人数。どっぷりしないなりにどこまでいけるものだろうか。

2017年8月17日木曜日

long long day

ハプニングやドタバタがない日はない。
空気は秋だが、人の動きは夏。
消耗戦。肉弾戦。
疲れているときこそ、試される。

ガイド。
知識があればいいわけではない。技術だけでもない。何とも説明しがたい「人間力」?


写真は、懐かしきシュマリの朝。
朝焼けに一緒に感動したゲストと抜けがけしてこっそり朝カヌー。
朱鞠内湖。人造湖‥だのに、素敵な湖。
ウユニ塩湖よりシュマリ。

もう一息!いや、もう‥?

2017年8月15日火曜日

涼しすぎたお盆

三夏目のスーパー店番助っ人、帰京。
終わりも見えてきたような来ないような毎日。
できることをできる人が…、ということで、野郎5人、助け合っていきたい。


信号機カヌーガイド戦隊。
PFD
赤&青:ロータスデザイン(今や幻の製品)
黄:ストールクイストのディセント。

雨のマント。雨具。
赤:ファイントラック/エバーブレスバリオ size:M
黄:mont-bell/ストームクルーザー
青:ファイントラック/エバーブレスフォトン

使用感については各色…各人にお尋ねあれ。

2017年8月12日土曜日

雨の作戦会議

久々、しっかり雨。太陽、思いっきり浴びたいなあ。
風はなし。よし、雨天決行。


良い日に当たった、とある家族の朝カヌー。

今日をただ乗り切るだけでなく、先を見据えながら。
行き止まる前に動き出せ。
誰でもできることにしがみつくのは誰かに任せて、ぼくらは先に行こう。
まだまだ発展途上。型なんて、枠なんて、らしさなんて、何にもなかった。
過去にも今にも執着しない。
そういう軽やかなスタンス、やっぱ、好き。

「とどまること知らない時の中で」である。
goodmanになりたい。なるために。いつもツアーが育ててくれてきて、それはきっとこれからも変わらない。
ずっと、Sotocafeがあって、諦めかけた千歳川がようやく今春、モノになって。

知識というか技術というか経験というか、佇まいで、成立するツアーへ。
何の演出もなく、淡々と。何でもないように。ただ、暗くなるまで一緒の時間を過ごして。不自然を一切排除して。
つまり、愛する家族と良き日にカヌーに乗るときのような、あの感じ。(‥安達茉莉子節か!)
ぼくがつくりたいものは、ただただ、際限なく、やさしい時間。

2017年8月11日金曜日

ツアー後の拍手

毎日毎日、一日五回転のツアーが続く。一日が伸び~る8月。

あっちもこっちもやると、色々思う。
あの人と、この人と。一緒に動くガイドが変われば、これまた色々思う。
よきも悪きも、ぼくらの関係性がツアーには滲み出る。
良いツアーは良い人、良い関係性からのみ生まれる。
陸地で構築できていないことは、水の上で表現できない。

毎日を丁寧に重ねたい。ただ安易に「重ねる」のでなく、惰性で回すでもなく、誰でもない自分で考え、動き、少しずつ、着実に積み重ねていきたいと切に思う。
何のためって、良いものをつくりたい。
良いものはすべてを気持ち良くするはずだから。
思いっきり気持ち良くなってもらいたい。
お客さん。人。自分。職場。この地球を。

夏以外のソロ活動では自分の思い描くイメージを表現できるようになってきた。
しかし、夏といえばユニット活動。苦手な大人数が相手、つまり、チームプレイが肝。

コミュニケーションの取り方にマニュアルはない。ただ、コミュニケーションはひとりでは構築できない。一人で思い描いても、伝わり合わなければ何にもならない。
ぼくは会話がしたい。対話がしたい。何事にも、真正面から向き合いたい。深いのが好きだから、ぼくは支笏湖に来たのかもしれない。
お互いがどこまで共通認識を持てるか。歩み寄れるか。その気があるか。
一方通行ではたどり着けない、ソロ活動とはまた異なった世界の色を見たい。
あと10日。今年はようやく陸から水の上に戻ってこられた嬉しい二年振りの夏。
自由になれる水の上で新たな手応えを得られるだろうか。試される夏。

「良いツアー」はお客さんの感覚とは別次元にそれぞれが持っている。
ツアー後の締めをしたら、お客さんが拍手をしてくれたという。
ぼくらの自己満尺度とはまた違うベクトルの客観評価をいただいたわけだ。
「素直に嬉しいよね」って、ほーりーとくっちゃべりながら片付け。
何でもない1シーンだけれど、嬉しいことを一緒に嬉しいって、喜びを共有できるのは実は当たり前なことではなく、とても貴重尚且つ有り難いことなのかもしれない。

先日のお休みは、
お金を稼ぐために、遊んだ。なんて健全だろう。ブルーベリー収穫。


 いや、遊びを仕事にするのか?どちらから始まるのだろう。



物語はいつだって、「好き」から始まるんだ。
これが、誰かを笑顔にするブルーベリーマフィンになるのだ。

2017年8月8日火曜日

朝カヌーと夏の助っ人と現場適応力と癒しのSotoCafe

今年も夏の助っ人がやって来た。人が集える店があるって素晴らしい。
疲れているときこそありがたい。
カンフル剤のような来客。いつもありがとう。


とある日の朝カヌーの一コマ。親子タンデム。
カヌーはコミュニケーションが何より大事。水との対話。人との対話。
ぼくはあらゆるもの・こと・人と、腰を据えてじっくりと対話がしたい。

2017年8月6日日曜日

秋の夕暮れと階段


珍しくここ数日、今までにないくらいファミリーカヌーづいていて。場数がとりあえず足りていないのはひとつ。
努力も大事だけれど、向き不向き、得意や特性、興味のあるなし、センスというのはやはり無視できない代物で。
やはり、オレが味わってほしい世界観は短時間の、しかも夏の時期には間違っても表現できない、というか、一切必要とされないものなのだよなあ、と寂しく現実を受け入れようと試みていた今日この頃。

しかし、その必要はないぞと神は支笏湖に使いを送ってきた。
朝、毎年の恒例行事としてファミリーカヌーに来てくれるご家族登場。かつて、珍しくファミリーカヌーに出たときに当たったレアな常連さん。
腐りかけていたぼくを拾う神が現れた。これでいいのだ。
うまくまとまらない、まとめないツアーもたまには良し。

ファミリーカヌーツアーの期待の星と今日は三回転。似合う似合わないは大事。個性とツアーの色のマッチング。
午後からは急に晴れ間が差したので、がきんちょたちを水の中へ引きずりこむ。
季節はまず、夕方から動く。夕方は既に秋色。
夕方から店の階段づくり。19時半は暗くなった。


2017年8月5日土曜日

「おまえには愛はあるのか?」byガガガSP

いつの間にか、誰もいなかったとっておきの楽園は、ぼくが生まれた街に成り下がった。成り代わった、に訂正しておく。
知佑じいさんは、「この国には自由がないけれど、水の上には自由がある。自由があるのは水の上だけだ」と言ったけれど。
じいさん、活字の海から手を差し伸べた救世主よ。
これからぼくはどこで呼吸をすればいいんだい。誰もいない場所にたどり着いたと思ったのに。


モラルはどこをさまよい、良識はどこに沈んだのか。
向いている方向、守りたいものは何。
同じものを見て美しいと感じ合っている仲間であるはず。余計にやるせない。
美しさを換金化して暮らす意味は。重みは。ぼくらも同罪か?
いつも寄り添ってくれてきた場所、水。cheapな姿。美しい人、美しいところだけ見たいと思うのは薄情だろうか。

言ってはいけないこと、言っていいこと。言っといた方がいいこと。大人の世界にはいろいろある。くだらない。くだらないけれど、けれど、である。しかし、くだらない。素直なままではしかし、うまく生きてはいけない世の中。

愛する努力をしてまで愛しようと試みたところで、既に不自然だよなあ、と思いつつ、愛せないと苦しくなるのは自分である。または思考を停止してしまえばいいのか。どちらもナンセンスにしてネガティブ極まりない解決策。開けるのか、ゴマ?
しかし、好きになろうとした人を好きになれた試しはない。恋に落ちるのはいつも一瞬。最初からそんなんは分かる。

やりたいことしかやらず、我儘を通してやってきたけれど、やりたくないことをやってみることで得るものも何かあるのかもしれない。やったことのないことは試してみる価値があるはずだ。
たった数日の話だけれど、今のところは犠牲にするものの方が勝っている。
何をしているのだろう。珍しく自己嫌悪のため息も出る。何のためにカヌーに乗っているのだろう。つくりたいものはもう分かっているし、つくるための方法も分かっている。いくつになっても、自分の心はお高いまま。
一日ずつ、試される自分。
思うこと、感じることは多く、アウトプットが追いつかない。今までの夏とはまた毛色の違う、何だか少々不気味な色が混ざっている。

2017年8月4日金曜日

風立ちファミリーカヌー

さすがに夏。毎日どたばたしています。
どうしたらいいかな?こうしたら?それよりも‥。
あれこれみんなで考えながら、その都度移り変わる状況に応じて的確な判断を下し動く。思考が冴える真夏。


午前、3ガイド体制でファミリーカヌーツアー。
自分のツアーにしていない、なっていない「ファミリーカヌーツアー」の到達点について探る今日この頃。
家族っていいなあ。家族って良いのか?家族って何だろう。
まあ、そんなことを思う隙のない賑やかなカヌーツアーも夏ならでは。

2017年8月3日木曜日

寒い一日

お店ができて3夏目。これまでの2夏は【ガイド≦店】。もう、ガイドどころではなかった。
ツアーに出たいのに出れないもどかしさ、中の仕事を進めたいのにツアーに駆り出されてどんどん溜まる事務仕事。代わりにやってくれる人はいない。とにかく人が足りなかった。あらゆるバランスがとれず、訳が分からなくなると、勝手に涙がただただ流れた。
今まで得ていた自由を店に奪われたような感覚。30リッターのデイパックがいきなり80リッターになったような。自由だからやってきた仕事、不自由としか思えなくなった。
元々、器用ではないこともあり、切り替えスイッチはなかなか見つけられなかった。

店前・店後、あほんだらはちっとはまともになった。

今年はようやっと、【ガイド≧店】。
ぼくの片足は店にある。ツアーだけに出ていればいいガイドではないわけで、攻め続けるのは現実的に難しく、その時々で必要とされる側へ傾く。
しかし、この2夏よりは確実に水の上に気持ち良く出れるようになった。


思えば、夏の代名詞「ファミリーカヌーツアー」という超大所帯ツアーへの参戦率は極々低かったことに今日ふと気付いた。SotoCafeや千歳川とは対極にあるツアーだけれど、その中にどの程度物語性を含ませられるだろうか。



2017年8月2日水曜日

家族の時間

すぐそこ「サンク」

‥「ファミマ」だよ!

‥‥「家族」?
いつも、すぐそばにいない、「家族」だってある。
飛び出したぼくを引き留めることは何もしなかった。


母なる湖と母‥というかガイドっぽいたかこ。

遠くにヒメマスの釣り船を眺めながら漂った早朝の家族舟。

晴れて曇って通り雨。どこまでも見通せる湖の底と揺れるバイカモの花。
いつでも会えるのが当たり前じゃないから。より大切。
「より」といえば、【かのあ】のカヌーツアーにはクロックスで参加した方がより楽しめる。けれど、旅行中にサンダルは荷物だから‥レンタルサンダル一足300円で受付中。
家族っていいな。レンタルってお手軽だね。今年も共働中。レンタルサイズ展開も豊富みたいだよ。有り難い。いやはや、頭が上がりません。いつも感謝。素晴らしい人。リスペクトできる親の元に生まれるって奇跡的。携帯防水ケースレンタルも好評だとか。
諸々よろしくお願いいたします。