2014年3月31日月曜日

ニーチェ「求めるものはここにある」

仕事が始まると夏も冬も、ぼくは仕事人間になる。
仕事の中に喜びも悲しみも成長も反省も出会いも刺激もつながりも‥ありとあらゆるすべてが詰まっているから、他のことに気を取られる隙がないし、不要になる。

夏の仕事が「やりがいだらけだ、やりがいしかない」とあるとき忙しさの中で心を失い愚痴ったことがある。
聞き手は、「何となく働いている人が多い中でなんて贅沢なことを言うのだ。」とぼくを諭した。


ニーチェは「職業は生活の背骨だ。‥悪から遠ざけ、くだらない妄想を抱くことを忘れさせる‥」と言っている。

ならば、「背骨」を季節ごとに失うぼくの暮らしは、無脊椎動物期の思考はすべて「くだらない」ことなのだろうか。
自分を直視することからの逃避=仕事に没頭することの恩恵でもあるのでは?

沢木耕太郎的に言うならば、自己に淫する。これをそろそろぼくも卒業する時期に入ってきているのだろう。今しかできない苦行、贅沢。最後の春、なのかもしれない。

仕事をはがした、あなたには何がありますか?
生きるためには、なかなか剥がせないわけですが。
ぼくには何があるだろう。

何でも難しく考えすぎだとある人は言った。
そう分かってはいてもこねくりまわさずにはいられないのは何だろう。

ぼくはコーヒーが好きだ。
自分で淹れるのも、誰かに淹れるのもお店で淹れてもらうのも好きだ。
いや、コーヒー周辺に流れるスロウな時間が好きだ。
忙しいと淹れることを楽しめない。


食べることも好きだ。

自分の居心地の良い空間を見つけるのが好きだ。

札幌、月寒公園。【Cafe空Kuu】にて撮影。


ぼくも今、今までないがしろにしてきた「宝物」を探している。


2014年3月30日日曜日

『釈迦』と春雨

『釈迦』瀬戸内寂聴さん。

「仏教小説」という言葉があるとは知らなんだ。

登場人物の名前に聞き覚えがあるのは手塚治虫さんの影響だろう。

にしても、本当に上手い。いやらしいなあ。

2014年3月29日土曜日

切に愛

寂聴さん曰く、
「切とは切実の切、大切の切。」

いつ死ぬか分からないから、切。

愛に理屈はない。

好きになるのに理由や公式なんてない。

引っ張られるだけ。
導かれるだけ。
思い出すだけ。


切に恋する方をもてなした。

いやはや、素敵だね。

つながりんく~知床らうすリンクル

ぼくが自然環境系生物オタク学校在学中、比較的現代的若者色の強かったお隣のクラスには「なおねえ」と呼ばれるべっぴんさんがいた。


彼女は卒業後、知床・羅臼に住みつき、
ハーレーでかつてぼくの家へ遊びに来て、いつもどこにいるか分からない根無し草に「日本一の山ガールだ」と言わしめた。

HPはこちら。
【知床らうすリンクル】

ネイチャーツアーのみならず、「加工体験ツアー」なんて面白そうなこともやっているようだ。

ブログはコチラ。
ガイド菜生子の知床らうす“Lincle”な日々

知床へ行く機会がある方は是非、足を運んでみてくださいね。


ぼくは「脱街人」を応援している。
中央や地方という言葉自体はあまり好きではないが、

日本の中心は東京ではない。各々のいる場所が、自分の足元が中央だ。


2014年3月27日木曜日

背中で語る春凪美


水の上もいつの間にか毎年見知った「春」となっておりました。

「春」は徐々にではなく、突然、‥気が付けばそこにあるものなのだなあ。


‥ミスチル、か。



春凪はどこまでも静か。



説明不要の美しさ。


平穏な心、説得力のある暮らし、共に見習いたいものです。


「自然はあらゆる示唆に満ちている。」

by 石川直樹さん『この地球を受け継ぐ者へ』





 たっぷりと漕いで満足。


車に戻ると‥


‥こ、これは。


必死で駆け抜けた氷の日々が懐かしく、嬉しくなってしまいました。


しょうきち曰く‥
ぼくらもやっぱり草や木と同じなんだね。春が来て、お日さまに照らされれば芽を出さずにはいられない。そしてやがて花を咲かせ実を結ぶんだ。

『平成狸合戦ぽんぽこ』より。


春です。始めるなら今、です。


2014年3月26日水曜日

すぐそこ 千歳川

滑るはずの時間は、気付けば漕ぐ時間となった。

カヌーで千歳川を行く。

カヌーが犬なのか、ぼくが犬なのか、
おじいちゃんの犬の散歩。
ぼくがおじいちゃんなのか、カヌーがおじいちゃんなのか。

静かに大人しく、おじいちゃん、思う。



川は勿論、陸だって流れ続ける方が楽なのだがなあ。



考えているようで何も考えないようで考えているようなふり。
昨日の寂聴さんの仏教入門書は目から鱗だった。そういえば昔フラれたときにぼくを救ったのは、たかのてるこさんの『ダライ・ラマに恋して』だったではないか。

「執着せずに愛する」ことを登場人物のカルマは言っていて、感銘を受けたもののその教えを生きているうちに実践することは至難の業であることをわりと早くに未熟者は理解&放棄し、
この頃のぼくはというと東京・中野「カルマ」という店に足を運ぶことが多くて‥、

まあそういう「たまたま」をまたまた馬鹿みたいに信じ続けた結果として、今ぼくはここにいるわけで。

因果、である。

そんなわけだから、ぼくときたら「だからどうした」の嵐にもみくちゃにされるのが常ってもんで。


サクラはもう見飽きた。
いつもあちこちにドタバタと動き回っていたので、こうしてゆったりと春を待つのは初めてで、目の前の景色より魅力的な場所がどこにも見当たらなくて、消極でなくむしろ積極的にここにいたくている。
ここから、世界中どこにだって行こうと思いさえすれば行けることもわかって、物理的にも精神的にも、
今、「ぼくはここにいる」。

いきものがかり、か。


いつも春は、ちぐはぐな心と身体を縫い合わせるのが大変であっちにもこっちにも迷惑をかけて自分自身も振り回されていたから。




突然、ムースの群れが目の前を横切る。


あ、エゾシカか。

家からすぐのこの川は、たまにビッグサーモンリバーになる。



なかなか吹っ飛ばない布団、か。


ぶっ飛びついでに、ぶっ飛ばない布団の代わりに今春のちょっとした決意を公開してしまおう。

ぼくは、
二度と来ない今年の春を余すことなく、「切に生きる」のだ。


※「切とは、切っても切れないこと、つまり今、自分がしていることに没頭しきることです。切実の切、大切の切です。
食べるときも、切に食べる。眠るときには切に眠る。愛するにも切、学ぶにも切であれ。
死後のことを思いわずらうな。今、生きているこの一瞬を切に生きれば、それでいいじゃないか。」

瀬戸内寂聴さん『痛快!寂聴仏教塾』より。


2014年3月25日火曜日

『痛快!寂聴仏教塾』

早川義夫さんの『たましいの場所』つながりで一冊ご紹介。



ぼくは、岡本太郎の母について書かれた『かの子撩乱』を読み、瀬戸内晴美さんの言葉に惚れた。
情熱量、愛情というか、その熱量にいたく感動した。

が、どうして晴美さんは寂聴さんになったのだろうか。

本書によると、「縁があった」ということのようだ。


苦しみや悲しみは心が産み出す。
心が存在しなければ苦しみも悲しみも消える。
これは『般若心経』のメッセージ。

仏教というのには長い歴史があるのに、ぼくにはとても新しい思想だった。
どうやらぼくは自分の心にこだわり(とらわれ)すぎて自らを不自由にしてしまう癖があるようだ。

宗教ってなんじゃらほい、そんなぼくでも、勿論大人でも十分楽しめる本です。
イラストはちびまる子ちゃんのさくらももこさんやで。



2014年3月24日月曜日

おひねり制アナログ気まぐれ紙『まちゅ★ぴちゅ』13

さーさー、今年一発目、ようやっと整いました。



内容
・小さな暮らし
・ぼくの夢
・スノーバム候補生のゲレンデ見聞録
・あとがき

2014は月刊ではなく、季刊発行予定でいます。

システムはこれまでと同じ。
郵送、手渡し等お届けのタイミングは風まかせ、お代は「おひねり制」と銘打っての読者様まかせとなっております。

手書きで伝えたいこと。手書きだから伝わるもの。
言葉のチカラを信じながら、あなたの暮らしにほんの一瞬、おじゃまします。

気になる方はご一報。
lake.abelake@gmail.com

2014年3月23日日曜日

『始まりの地』

二週間振りに滑った日の夕方、

漁川をモチーフにしたのであろう【SPACE土CHANT】の唄を口ずさみながら、


エメラルドグリーンに輝く鳥を探しに行った。



世界一のコーヒーが教えてくれた新しい唄が今、ぐわんぐんとぼくの身体に染み渡っていく。






2014年3月22日土曜日

モラトリアムなアジアの追憶

北海道は昨日から荒れていて、なんだかとっても久しぶりに雪を見た気がする。
これが今年の冬、街に降る最後の雪かなあ。

あたたかい部屋から雪空を、見るでもなくぼんやりと眺め見やるのが好きだ。


いつか、アジアの街で友人と暮らした日々と似た匂い。
旅と暮らしは、相反するように見せてはいるが、実は非常に密接な関係にあり、
旅先という一般的非日常のトンネルにいざ足を踏み入れたなら、その先には一般的日常、つまり、暮らしが、延長線上に在ったのだ。
ぼくらは知らない街をいつも通りに何でもないように歩きまくり、
家に帰ると紅の豚の台詞を覚えるほど鑑賞し、プールで泳いだり、何とも自堕落なある意味では幸せで特別な日々を共有した。



無我夢中で駆け抜けた必死の冬。
冬の豊作を無駄にしたくはないけれど、みんなに届けられるにはまだもう少し寝かさないといけない。


冬も春も足を運べなかった友は今日も元気でやっているだろうか。


沢山寝て、食べて、本を読み、手紙をしたため、まちゅぴちゅの構想を練り、お気に入りのコーヒーを淹れ、各地の仲間やこれから始まるカヌーのことを考える。

ガイドという生業は、生で直接顔を突き合わせながら表現できるから好きで、伝える技術を磨くことができる、何ともクリエイティブな仕事だとぼくは思う。
全ては何をしでかすかしれない奇人を自由にさせてくれる理解者がいてこそですが。


漕がない時間も大事だと何年か前にnaokiさんが言っていた。


何だかワクワクしてくるなあ!

どうぞ皆々様、何かのついででもオマケでもメインでも何でもいいから、ぼくに会いに来て下さい。

2014年3月21日金曜日

いってらっしゃいと行ってきますに大した違いなどないのだ

北国の大先輩が本州へ行く。

本州から戻ったばかりのぼくが見送る。

珍妙な話である。

そうか、思えばぼくは今よりずっと酷い未熟児、二十歳だった。


捉え方、切り取り方次第でしかないが、
昔想像していたよりも世界は狭く、これからさらに世界は狭くなっていく、していくのもぼくの仕事。
そのためにも、やはり、つくるべきは「小さな暮らし」なのだ。


笑い合って hands shake
次はどこで会えるかな
どこでもいいか
あなたがいて ぼくがいれば
そこがhome なのだから


…ああ、寂しい!

2014年3月19日水曜日

暮らしの音楽

naokiさんfamilyは今日から沖縄入り。
ぼくは北海道です。



まつりが終わったあの日からまぶたの重たい日々が続いている。
我ながら起伏に富んだ生活である。
燃えて灰になって‥をいつまで繰り返すのだろう。



歌は、悲しいから歌うのだと思っている。寂しいから、歌うのだ。人とは、違うから歌うのだ。何かが、欠けているから歌うのだ。もしも、楽しいのなら、もしも、幸せなら、満足しているなら、精神が健康ならば、なにも、わざわざ歌を作って人前で歌うことはない。すでにもう、日常で音楽が鳴り響いているのだから

『たましいの場所』早川義夫さん。


ぼくはいつか日常で唄ってみたかった。唄わせて欲しかった。

それが、白い冬の唄。

夢中になっているうちに、以前の唄の歌詞をぼくは思い出せなくなっていた。

少し悲しくなった。やけに苛立った。少し寂しくなった。

それでもヒトは、ぼくは、たまに後ろを振り返りつつも前を向いて唄わずにはいられない。

2014年3月18日火曜日

from home to home

行きも帰りも風のおかげでスリリングだったり一時間遅れたりしましたが、何やと無事、千歳0円ハウスへ戻りました。

「おかえり」、そう言ってくれる場所は、ひとつでなくてもいいですよね。
ひとつならグダグダと悩まずに済むのかもしれないけれど。


帰りの飛行機では、早川義夫さんの『たましいの場所』をまた読み返していた。

気に入った本は何度でも読み返す。
読むたび、「自分」が違うから感動する場所が変わり、同じ文章であるはずなのに、常に新しい言葉としてぼくに迫る。

今回のずきゅんわーどをちょいとご紹介。

人を貶したり、悪口を言っている間は、ものを作れていない時である。褒めるのは、創作につながり、悪口は、嫉妬から生まれる。
もしも、文句があるなら、自分が手本を見せればいい。どうすればいいのかを、どういう作品が素晴らしいのかを、自分が作り出せばいい。


ああ、なるほどなあ、と。

何がなるほどかはまたの機会にでもいたしましょう。



東京逗留 旅する民族

微量すぎるアルコールに何でか完敗しつつも賑やかな葬式が日曜日に無事終わりました。

北国の冬のまつりの終わりは、稀代の色男の旅立ちの日でもあったとです。


じーちゃんは戦争のとき陸軍の戦闘機隼に乗っていました。
中国の大きな湖に墜落して二日ほど漂流をしたこともあると式の挨拶でおじちゃんが涙ながらに語っていました。

十一月に約束した飛行機の話は、あの世に行ってからの楽しみにとっておきます。

かずやの結婚式がきっかけにならければ十一月に無理くり会いに行くことはなく、今のように穏やかな気持ちでじーちゃんの死を受け入れることもできなかったろう。



あれこれ毒づいてしまいましたが、
変わったのは街ではなく、いや、勿論見た目には街はどかどん変わるけれど、
何よりも誰よりも変わりゆくのは浮気なぼくの方で、街の制作者の思想を訝しんでも、街自体のせいにしてはいけませんよね。

どんな暮らしも同等に尊いはずなのです。


いつものように忙しなく動き回らずに、まぁ弱って動き回れなかったのですが、
静かに家族と過ごすことをじーちゃんは望み、それが何よりの供養でもあったのかなという気がします。

家族に親戚。特殊で不思議な集合体。
血縁というのも、いいもんです。

ジュレー、じーちゃん、愛しているよ。
ジュレー、みんな、愛しているよ。

2014年3月16日日曜日

東京3 飼い慣らされるその前に

街を歩く。
用事は半分もこなせなかった。
コンクリジャングルは、人の波は、ぼくの心身を弱らせる。

野山をいくら駆けずり回れても、そのエネルギーはコンクリジャングルを動き回るのとは別物で、
五感のすべてが窮屈だと訴えている。

氷濤時のように、突然この街中で奇声を上げたらどうなるのだろう。

ここはあらゆる意味で騒がしい。

汚かったり薄っぺらかったり不安で自信がなかったり、足を動かさないモノたちは口ばかり動かす。
アピール上手なノイズがこの街のBGM。


白い世界は何も語らない。
北国の冬は恐ろしくも美しかった。


良きも悪きも、何にでもヒトは慣れる。
何に慣れたいかを選ぶことはできる。

ぼくは憧れを持ち続けながら惰性で回すのではなく、まっさらな気持ちで暮らしていきたい。
「すごい!」を大事にしたい。

この街は、ある意味ではすごい。
異常な街で生まれ育ったぼくもやはり異常エッセンスを備えているのだろう。

街への出入りを繰り返すことでその異常っぷりに確信めいたものが生まれてきた‥ような。

会いたい人は多くはなくともそれなりにいるのだが、倦怠感が足の動きを鈍らせる。


今日、じーちゃんが骨になる。

2014年3月15日土曜日

東京2 浦島太郎のでたらめハーモニカ

知らない間にあちらこちらでは、いろいろあったらしい。

相変わらず容量の少なさは悲劇的で、ぼくは目の前の世界に夢中で必死だった。

限られた時間の中、自分には何ができるだろう。
何ができるか、というより、何をしたいか、なのだろう。

できることはそう多くはないけれど、決してないわけではない。
ベストはなかなか厳しくとも、嘆かず誠心誠意を込めるのだ。

2014年3月14日金曜日

東京 LCCと冷や汗


予定外の東京入り。
関東近郊、用事のある方は捕まえてね。
きゃっちみーいふゆーかん。

電車が暑い。

初めて乗った格安飛行機はジェットコースターみたいだったけれど、みんなすましているから、ここできゅんきゅん叫ぶのは場違いなのだろう。

どうやらぼくはとっても自由にやらせてもらっているのだなあ。

ここは窮屈でうるさくて、知らないヒトとの距離だけが異様に近く、
システマチックすぎるヒトの流れはやはり奇妙だ。

特殊なのは、異常なのは、カヌーでも氷とうでもなく、この街だよ。

ワトソンくん、ぼくらは機械ではないのだよ?

2014年3月12日水曜日

氷濤まつりの終わりと隼

11月末から始まった氷濤まつり。


皆さまのおかげで本日、無事終了しました。快晴の春の陽気。たまに雪も降りましたが、凪いだ支笏湖も祝福してくれています。


普通に、生きてて良かった。



始まりがあれば、いつか終わりがやってきます。

それは悲しむべきでも何でもなく、ただの事実。まつりもぼくらも同じです。
ただ、あったものが、ただ、なくなるだけ。

会えなくなるだけ。直接話ができなくなるだけ。

悲しいことは何もなく、いつかの昔に戻りたいわけでもなく、「今」より、「これから」より守りたいものなんて他にありようもなく。


限界越えをし続けた仕事終わりの澄みきった青空。一機の隼が美しいシュプールを描いていたのです。


明日から少し東京にいることになりました。



2014年3月11日火曜日

after 3.11「人生は恋と革命」

本日、氷像たちの姿はすべて消え去ってしまいました。


尊敬する方の言葉を今日は借りることとします。


瀬戸内寂聴さん曰く、

きょうがもう最後だと思って、きょう食べたいものを食べて、飲みたいものを飲んで、会いたい人に会って、そして読みたい本を読んでください。

台風も地震も、そして戦争だって、あしたにも始まっちゃうかもしれない、変な時代です。
そんな不安な時代に本なんか読んでいられるかと思うかもしれませんが、不安な時代だから、明日がないから、きょうは本物の本を読みたいんです。


『図書』(岩波書店)2014年1月号内、「これまでの100年、これからの100年」講演より。

2014年3月10日月曜日

氷濤まつりは解体終了間近

今日は除雪除雪除雪。発掘作業。


★★★★★★★
冬しかできない、ずっと憧れだった「ガリンコカヌー号」。



いつかの美々川にて、薄氷を割りながら漕ぎ進んだ。


誰もいない静かなところが好きだ。北国の冬は静かだ。

川の上に渋滞ができたなら、ぼくはどこに行けばいいのだろう。


ネット上も大渋滞。くだらないことほど人だかりができる。


何となく、あれこれが煩わしいのは何だろう。

‥明日のせいだろうか。

ヒトのせいにしてはいけない、か。


世の中は分からないことだらけで、「分かっていることは分からないということだけだ。」


ぼくのルールはぼくに押し付ければいい。

2014年3月9日日曜日

千歳「MEON農苑・ロングパリッシュ」

白い世界の中で、漕いでは歩き、走っては滑ってと、この頃のぼくは珍しく貪欲モード真っ只中にある。
冬はいつまでも続かない。ぼくはやけに焦っている。

変な話だ。
季節が移ろわなくとも、年中、何だって‥自分自身も、いつまでも同じままではいないわけではないか。それでも何となく、四季というものがあることで、よりいっそう人の世の諸行無常っぷりは助長されているように思う。


というわけで、生き急いでいる馬鹿が一息ついた、とあるカフェについて。

千歳川が好きなカヌー乗りは何度もお店の前を通っているだろう。


いつもいつも風変わりな佇まいが気になりつつも、周囲から「行ったよ、良かったよ」なんて声も聴きながら、何となーく、いつでも行けるからとまた今度また今度と後回しになっていたお店。

カウンターの前は大きな大きな窓があり、窓越しにどどんと広がるは、白い世界。
あたたかいところから降りしきる雪を眺めるのは最高にいとをかし、ですだよ。(もんじゅくん風味)

視線を落とすと双眼鏡。

‥お、おおお?

なんと、冬ならバードウォッチングをしながらお茶を楽しむことができる仕組みらしい。

言っているそばから、ゴジュウカラやらアカゲラやらがやってきた。


聞き慣れない銘柄の中国茶を本格的様式で飲みながら白い世界で戯れる小さな友人たちを見やる。ありそうでない取り合わせの妙たるや。

本格の中国式コップはエスプレッソ用並みの小ささで、ちびちびと楽しむものであるらしい。
それはきっと、みんなで分け合うための小ささなのだろう。

分け合うこと。今の時代のキーワード。
「自分」と「ヒト」の境界がなければ、「所有」という概念は無に帰す。
「所有」が消失すれば、奪い合う必要もなく、誰かの笑顔が自分の幸せに、誰かの涙は自分の痛みになる。


なんだか、『幸福な王子』を読み返したくなった。







2014年3月6日木曜日

さらば「すべり台」「氷とう神社」


得意なことを率先してやるのは簡単。

苦手なことから逃げない強さ。

なんというか、年中ぼくは「すごい」と思わされっぱなしだ。

そういう人に出会えていることが嬉しい。


すごいと誰かに思われるよりも、すごいと誰かを思っていたい。




2014年3月5日水曜日

氷濤まつり解体編~さらば「中氷山」

久しぶりに雪。


頑固爺さんの大予言は毎回その通りになる。

「これから降る雪は、雪を解かす雪だ。運転は穴に気をつけろ。」


仰せのとおりの湿り雪。


軽快に進む解体作業午前中、展望台のある「中氷山」氷像が姿を消した。


昼間は、会場内の誰にも荒らされていない小さな小さな斜面を登り、滑った。
毎日、達人がボードの話をしてくれるものだから、話をしているとどうにも盛り上がってしまうわけで、ぼくは滑りたくてたまらなくなっていて、誰にも踏み荒らされていない斜面に心奪われるようになっている。

美しい水によだれを垂らすのと同じことだ。

草ボード。


午後からは、「大氷山」と「すべり台」解体へ。


2014年3月4日火曜日

氷濤まつりシーズン3~解体編2

昨日から最終章の解体編が始まっています。


昨日は、イベント会場兼結婚式場だった「ステージ」とこども天国「チャイルドリンク」を終え、見晴らしの良いコードネーム「中氷山」(中くらいの氷の山)に取り掛かった。

今日は、「中氷山」の続き。

例年に比べかなりのハイスピードで作業は進んでいるらしい。というのも、今年は氷の厚さがたいしたことなかったから。

機械操り組(主に三人)が氷の壁を器用にはがし、氷の塊をどかしていく。
骨組みが丸裸になってきたら、ヒモなり番線なりクランプなりを、切ったり外したりして回収。


雰囲気は今までになく平和。氷濤マンたちの顔色はすこぶる良く、奇声を発する回数も極端に減った。

気は緩んでいるのだが、危険度は制作時と同じかそれ以上。


登山でいうならおまつり本番が山のてっぺんで、今は下山中なのだろう。


行きはよいよい帰りは何とやら。
気を引き締めてやる気スイッチを入れねば。



2014年3月3日月曜日

β(ベータ)の、北国でもしゃべくりまSHOW


先日、とある芸人さんの接待をした。


 芸人さんのブログはコチラ→βのしゃべくりまSHOW


空港でお昼を一緒に食べて解散するはずだったのだが、β「ちょっとそのへん走ってよ」。

ならば‥と、自主練するつもりだった近くのスキー場へ。



まあ、こうなりますわな。

ここ、レンタルスキー無料なのです。
スベリっぱなしの芸人さんは、ローカルスキー場にテンション上がったご様子。



というわけで、この日は舞台‥ではなくゲレンデを華麗に滑りましたとさ。


‥うまい。座布団一枚。


係のおじさんは珍生物に驚きながらも、滑りっぷりの良さを褒めていました。


いやはや、何とも愉快なひとときでした。

Special thanks β‥




寝て寝て寝て、片付けをして本読んで、登って滑って漕いでいたらあっという間に終わってしまった二週間の冬休み。
今日から氷濤まつり解体編開始。






2014年3月2日日曜日

暮らしに溶け込む3.11


「放射能、こっちはどう?」

何でもない日常会話に、原発。

あの日を境に、世界の色は一気にトーンダウンした。


あの日を境に、無力感は増すばかり。

お偉方さん方にとってぼくらの命は鼻くそ以下。
放射線をたっぷり浴びた、浴びている、ぼくらの「これから」はただただ暗い。

夢を見たいだけ。嘘でもいいから。

【生命】を否定され、諦めの上に成り立つ暮らし。

空虚。

あほ臭くてたまらなくなる。
それでもぼくらは、最善を尽くすべく、日々を丁寧に必死にこなす他ない。

ただ、生きる。
それだけで良かったのに。

ただ、大好きな人たちの笑顔を見ながら、生きさせてはくれないか。




2014年3月1日土曜日

スノーシューが欲しくなった日


改めて、支笏湖は素ん晴らしいところですたい。
夏も冬も遊びどころだらけで、まだまだ知らない美しい景色が湖周辺にいくらでもあるのだろうと思うとワクワクせずにはいられません。

今回は【かのあブログ】より写真拝借の術。

心の距離がありすぎて、なかなか行動を共にすることのなかったnaokiさんと久しぶりに冬フィールドへ。

‥あ、冗談ですよ。カナディアンジョーク。‥え、冗談でもないって?
相棒はnaokiさんの「スキーシュー」。
かかとフリー。急斜面でなければ登りも可能で、下り時ターンは少々苦手。
スキーと言ってもエッジがないから、今までやっていたスキーとは別物感覚。


こんなところが家のすぐ近くにあったなら、わざわざゲレンデへ行く必要もないよなあ、と。

草野球ならぬ、草スキー。ちょいとそこらで、日常の延長で遊べるってのは、いいもんです。

冬も楽しもうと思ったらここでは雪があって、そうなると必然、雪上移動の手段や技術が必要になる。



歩き1時間のパノラマゲレンデより。

「ここからの景色が好きなんだよね。」とはnaokiさん。いい顔するんだから。




秘境の渓谷&滝】からも一枚。


スキー場ではない場所で滑った、というか「転がり落ちた」という方が正確か。

ツボ足で雪山を登るのは何とも過酷だった。大したことないなあと思っていたスノーシューのありがたみったらない。登っている最中にスノーシューセールスマンがいたなら、ぼくはどこのメーカーだろうがどうでもいいからその場で即決していたろう。残念ながら幌平山に笑うセールスマンはおろか、ぼくら以外にヒトは一人も見当たらなかった。

そんなわけで、‥ほこりをかぶったスノーシュー、ピッカピカのスノーシュー、使っていないスノーシュー、あっちもこっちも引き取りますよー!


草スキーをして思った。
リフトで楽々上がれるスキー場なんざ、天国ではないか、と。
さらには、ぼくが今まで本州で遊んできた「スキー」は、雪遊びや、スキーという世界のほんの一端でしかなかったことを実感した。カヌーと同じように、冬も雪もスキーもボードも、楽しみ方は無限大だ。

草スキーという、登った分だけ滑れるという単純明快システムは、一本滑るという「一本」の価値を天国風スキー場と比較できないくらいに高めてくれる。

苦しめば苦しむほど、喜びは二乗の法則。

‥ま、ぼくに限っては断じて滑ってはいないのだけれど、ま、気分だけは一丁前に憧れのテレマーカー。華麗なつもりのテレマークターンを見よう見まねでやってはコケてを繰り返した。

前を行くnaokiさんは華麗なシュプールを描き、後方で悪戦苦闘する越冬北海道一年生を見て笑っていた。



ヘタクソでいい。だってやったことないもん。
ヘタクソでいい。いつまでもヘタクソではいられないのだから。
ヘタクソでいい。そのうち嫌でもうまくなってしまうのだから。
ヘタクソでいい。ヘタクソでいられるうちが華‥かもしれない。
ヘタクソでいい。格好とか体裁とかプライドとかそんなことはゴミ箱へポイ。
ヘタクソでいい。恥も文章も、かいてなんぼ、なのだから。
ヘタクソを謳歌するのだ。
ヘタクソでいい。いや、ヘタクソがいい。
スノーバムたちにとっての御馳走は極上パウダー。ぼくにとってのそれはヘタクソであること。
進め、ヘタクソ最高至上主義行進曲。





Special thanks naokiさん‥