2013年10月11日金曜日

ベストコンディと漕造力

気温20℃。ぎょえー。あったかい、というか、あっつい。今シーズン、もしかしたら最後かもしれない快晴ベタ凪。
ま、ぼくなんかひねくれているから、ヒステリックで狂気じみた君も好きだけれどね。


漕ぐ手が妙に新鮮だったので、しばらく漕いでいなかったなあと思いきや、‥昨日一日漕いでいないだけだった。


毎日漕ぐ日々もそろそろ終わりが見えてきた。‥いや、見えているのは倒木、か。

‥ああ、この感じは、いつか見たことがある。

曖昧な記憶は、時間も距離もすっ飛ばして、他でもないたった一日にぼくを帰してしまう。

たった一日。ほんの一瞬。尾を引く余韻を誰でもない誰かと分け合いたい。

ぼくの夏のアルバムは部屋の中ではなく、湖上棚にしまっている。収納には困らない広さと深さなのだ。


Pちゃんは生まれ育った町の最高峰を制覇した。

ぼくの場合のそれは新宿の箱根山。
隣には図書館があって、何度でも登った人造山の標高は44.6m。


好きな人たちのいい顔を撮るのは、プロのカメラマンの仕事なのだろうか。


鉄板すぎるが、やはり、美しいものは美しい。


 まるで、夏。

午後からはnaokiさんとちょいと紅葉Driveがてら、最近会っていなかったのであれこれ詰めこみ気味にshare。
あっという間に紅葉の夕張。


どうせ働くなら、クリエイティブ。どうせ生きるなら、クリエイティブ。
Fuck 惰性、長いもの。


ぼくは生かされている間に「ぼく」を乗りこなせるのか分からないけれど、楽しみ尽くしたいと思っているし、「ぼく」をあなたにも楽しんでもらいたい。笑ってもらいたい。そういうあなたを見たら、「ぼく」はさらなる高みへ行けるはずなんだ。

何やと「ぼく」に期待してくれている人がいるこの世界は素晴らしい。







2 件のコメント:

  1. 山に登ったりdriveで夕張まで?生き生きと活動中ですね^^
    お天気が良くて凪いでると、水の中はこんなに綺麗に見えるんだね
    帽子と影が映ってる写真、なんか良いです

    “たましいの場所”に 私達が発する言葉にも音階があって
    それは音楽であるようなことが 確か書かれてあって

    私は書き手ではなく読み手だ、プレイヤーじゃなくリスナーだ

    そんな風に思っていた私には、意外な気付きで
    あ、じゃあ私も音楽家なのね
    と、別に大それた音楽家じゃなくても
    何らかの音楽を奏でているわけで
    うーん・・・とか考えながら
    頂き物のトマトジュースを飲んだら
    そのトマトジュースが甘くておいしくて
    これ、トマトなの?ってぐらい驚いた

    ちなみに“倶知安農高トマトジュース”
    HPにはメッセージを書き込むところがなかった
    いつもなら、美味しかったで済ませてしまっただろうけど
    葉書に切手を貼って、美味しかったと書いて出した
    音ではない言葉の音楽

    知識も気付きも、それを日常に生かさなければ死んでしまう
    そんなふうに言われたことがある
    ほんとにそうだと思った

    勧めてくれた本やあべさんの影響を受けたなら
    それを生かさないと宝の持ち腐れだよね^^

    誰か生み出したもの、物であれなんであれ
    それに喜びとか嬉しさとか素敵さとか
    感じたなら素直に表現してよいんじゃないかと

    レジの店員さんの見事な手さばきに感心したなら
    すごいですねーとか
    いつも変わらぬ笑顔を向けてくれたなら
    いい笑顔ですねーとか
    細やかな日常の中にも、言葉で奏でられる音楽なら
    たくさんあると思うから

    いままでやらなかったなら これからやれ自分
    とそんな風に
    “今までの自分と違う事をしろ”
    (これはアニメの主人公の台詞だったりしますがf^^)
    明るい方へ向かっていきたいなと思う

    いい本を紹介してくださってありがとう

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  2. すずさん
    コメントありがとうございます。ぼくも影写真は新しいと思っていました(^^)

    ぼくら人間のやることにたいした理由なんてなにもないんですよね。高尚ぶっても何にも生まない。

    例えば、数年前にぼくは、ある人に手紙を出しました。
    その人が好きとかそういうのは分からないけれど、普通の感覚であるならば手紙を出すような間柄ではなかった。今はそれが普通になりましたが。
    そのときのぼくは、ただ、その人に手紙を書きたかった。ただそれだけ。それで不審がられたらそれはそれで、仕方がないだろうと、えいやとポストに走った。こういうリスクはいつもつきまとうけれど、そんなことは気にしていられない。
    そんな、なんだかわけは分からないけれど、複雑多岐な社会に反した単純な手紙を、彼女はとても喜んでくれて、彼女も以前はそういうことが好きだったのにいろいろ気にしてやらなく、できなくなっていたことに気付いたらしく、以降、筆まめになりました。そのおかげで、今度はぼくが勘違いを起こしてしまうのですが(笑)

    ジュースの生産者も嬉しいでしょう。ガイドのぼくも、すずさんに誉められて嬉しいから。

    「知識も気付きも、それを日常に生かさなければ死んでしまう」
    うーん、確かに。

    ぼくは逆にアピールしすぎて、中身がなかったりすることがありますが、それでもやっぱりずっと何かや誰かに告白し続けていたい。
    「好き」は、誰にでも何にでも思うことじゃないから。思いたくても思えないものだから、「好き」が自分の中に見つかると嬉しくて有り難くて、君のおかげでニタニタ顔のぼくがいることを知って、笑ってほしいとぼくは思います。

    なんだかあっちにこっちに話が飛んでしまいましたが、こんな感じで大丈夫でしょうか。

    日常で気持ち良い音楽を鳴らしていきましょう。

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