2017年4月29日土曜日

一年半の本気のコーヒー


2015年11月から今日まで、毎日同じコーヒーを淹れ続けて換金化してきた。
休みの前にはせっせと量産して。ツアー前にカヌーを準備する前にコーヒーを準備して。コーヒーを淹れるのはぼくだけ。
自分で追い込んでいるわけだが、去年なんか本当に必死の夏だった。毎年必死だけれど。
コーヒーのせいで、コーヒーのおかげで。
この異様な執着心はなんなのか。好きという狂気。

思い入れしかないコーヒー。
今朝、なんとはなしにふっくんに淹れ方を伝授した。
コーヒーとの闘いを一番そばでずっと見ていた人。
今年のコーヒーはふっくんとぼくで淹れていこう。

本当に、ただ、なんとなく、狙いすましていたわけでもなんでもなく、ふと、思い立った。

子の親離れの瞬間って、多分、こんな風にあっけないんだろう。
そんくらいでいいんだろう。
多くのエネルギーを費やせる飲物に出会えたことが何よりの幸運。
好きなことで稼ぐ醍醐味、意味を改めて教えられました。

掴んだものは手離さないと、新たなものを掴まえたくても掴まえられない。







2017年4月28日金曜日

大型連休

「ツアーは始まる前から始まっている」
by矢吹全氏(「フォレストレック」代表。)

ここでも何度引用しているだろうかってくらい、ことあるごとに反復している大切な言葉。効果は増幅し続けている。
「ツアーは始まるときには終わっている」(byぼく)と言っても過言ではない。
なんだかまるで、人生みたいだね。

あらゆる状況を想定して、その時々でどの手札を出すか、出せるか。あるのか。想定外が起きたときに素早く反応・適応し、それすら楽しむ余裕を持つために。最善を尽くしたい。
どれだけイメージできるか。あらゆる状況を。それらひとつひとつに今の自分は対処できるか。どこまで可能か。不可能なことが出てきたなら、解決の糸口はどこにあるのか。人?本?ネット?
できない、わからない。人間だもの。仕方ない。そんなときこそ試される気概。姿勢。向き合い方。水の上はおっかない。油断や甘え、気の緩みは命に直結する。

「自分」を知らないことには、相談も判断も確認も決断も行動も何にもできない。

レギュラーツアーでは試されないことを腕試しできるのがイレギュラーワークの刺激かつ醍醐味。
試合の最中に手札は増えない。手札を増やせる場面は何でもない日常の中だけ。

うん、これはガイドとして(いや、ぼくとしてかな)の話のつもりで書いてみたが、店での事務仕事にも通ずるところがある気がする。

3.11は見えないものをイメージする大切さを教えた。便利さに奪われつつある想像力こそ。


果て感。東と北のそれは特に色濃い気がする。端というか始まりなんだけれど。


2017年4月27日木曜日

鼻血‥ブーとETとめでたい報告

「もらいすぎた栄養分をこれから僕はどこにどんな形で還元できるだろう。」
最後の晩餐@中頓別(なかとんべつ)
2011年11月。24歳。松澤家の里帰り旅に同行していたときのこと。弟子屈。中頓別。遠軽。
色んな世界があることを、色んな暮らしがあることを、色んな大人がいることを。
貴重な家族の時間。思春期のクソガキ。何の意図もあの頃は分からなかった。


写真は標津サーモン科学館のイトウ。
イトウトートバック(500円)もイケてます。

少しは返せるようになっているよな、と誰でもない自分に言い聞かせる。

昨夜、久しぶりに再会した家族たちに混じる。いい時間。
生で濃密な時間を共有した人同士だから醸し出される独特の雰囲気。at home.

ギョウジャ餃子をせっせと包んでいた少女はまだその頃は生まれてもいない。
酒は呑んでも呑まれるな?いくつになっても許容量の読みは甘く、思考と体力は一致しない。
昔、無理だと諦めながらも憧れ続けていたものたちが今、手元にあり、そうなったらなったで、今度はあるのが当たり前な気がしてきて、足りない、もっともっと欲しくなってきてしまい、ないものねだり、まわりを見れば羨ましさが募ることだってなくはなく、普通の幸せなんてのには早いうちに背中を向けたはずだのに結局一回りしちゃうんだな。
なんつーか、際限ないな、と笑ってしまう。

ギョウジャがめぐるのか、酒がめぐるのか。春の山菜にはデトックス効果がある。冬の老廃物を排泄する熱。
子どもたちは寝静まり、意識の遠くではおぼろげに大人たちが宮沢賢治について話している。いい時間。

何でもない日々のはずなのだが、冬よりずっと重たくて、あれ?まだGW突入していなかったか、と驚く。
しっかし、今春ほどさまざまがモゾモゾどころでなく、ぐわわんと動くこともそうないかもなあ。
すべてが良い方向へ転がりますよーに!

PS 大魔神様。今日は(も)酔っぱらってませんので悪しからず。笑

2017年4月25日火曜日

活ほたて

一緒にいすぎて倦怠期もありましたが、しかし、離れて分かることがあるのは恋人関係だけでもなくて。まあ、そんなこんなを色んな場面で強く痛感しながら過ごす今日この頃。

GWに備えて?嵐の前の静けさ?
さて、人員は変わらずツアーメニューは増えている。今年のGWは何がどうなるだろう。

店という「良識」という名の首輪。事務仕事においてクレイジーである必要は一切ない。むしろ、不要。
事務処理能力を高めることは、つまり、ガイドとして?というか、人として?の自分の最大の武器を抑え込むこととイコールだった。思考やモノの見方もずいぶんと変わった気がする。
店前、店後、で別人だと自分では認識している。
外に出れば出るだけ店での仕事が溜まっていく。いっそのこと外に出ることを諦めた方が楽。どの仕事も大事すぎてなかなか渡せないし。どちらも手離せなくて身動きが取れなくなっていった。人より早く動き時間を創出するしかない。
外に出る単純な喜びより苦痛が上回るようになって二夏が過ぎた。
メインガイドとしてのぼくは殺すしかなかった。そうするより他になかったが、簡単に殺せるようなぼくではなかったのだろう。死んだふりはできたわけだ。 

三夏目。荷物の重さはあるけれど、質が変化してきているような。明るい光の兆候が見えてきている。

こりっこりの活ほたてをいただいた。貝に手を挟まれかけながら、さて、どうしてやろう。

 やっぱり網焼き、バター醤油。

あまり貝類に魅力を感じる質ではないが北海道一年生時、伊達の「和さび」にて噴火湾産ホタテの大きさと食感に面食らって以来、回転寿司屋でも必ず頼むようになったホタテ。
しかし、生態についてはあまり調べたことがなかった。

どうやらホタテには約80個ほどの目がヒモ(外陰膜)にほぼ等間隔にあり、数の割には色の明暗が分かる程度であるが、それによって天敵のヒトデの気配を察知しているらしい。


おっかなびっくり都会人よろしく開いてみたら、二色展開。
赤いのが女の子で、白いのがオス。分かりやすい、ね。
今はちょうど産卵期とのことで、まあ、最もギンギン、パツンパツン。やりたい放題、やられたい放題。
ちなみに生まれて一年目はみんなオスらしい。ベビーホタテはみんなオスなのね。
二年目でオスかメスかに分かれる。性別選択に個人の意思は尊重されるのか、はたまた本能なのか?
何にでもなれるって、すごいなあ。人間の場合はそうはいかない。

社会的地位とか肩書き、上下や優劣なんてくだらない定規に惑わされず、驕らず、まっさらな心で人と向き合う、そんな人間になってほしいとぼくは初めて会ったとき赤ちゃんだった少年に願う。どうでもよくないからなんだよ。ぼくは君と同級生だから。君の年数と同じだけここ支笏で育った。


2017年4月24日月曜日

マナブすっきり、ありがとうございます

昨秋は支笏湖。今春は千歳川。ということで。


いいときにいいところを漕ぐ、見る、知る‥っていいですね、と。
‥ええ、そうなんです、すごくいいんです。

その土地の素晴らしさを知るには最低一年は必要。それでようやくスタートラインに立てるような気がするようなしないような。


冬の手痛い洗礼も受けず、無事に一年経った人と朝活@千歳川。
去年とはきっと全く異なって見えている景色だろう。いや、景色はほぼほぼ変わらない。変わるのはいつだって人間の方なんだよな。

川下り後は通常ツアーのためディスクワークならぬ、支笏ワークへ。

で、長らく鬼門だった千歳川マナブ手前の分岐で右を選ぶと、非常に危険な個所がコチラ。

↑before。こっち来たら大型のカナディアンはまずアウト。
三年ほど前カヤッカーを救出したことも一度だけだがある。


↑after。スッキリーー!!

マナブを下流から上流向きに撮影。

何の情報も持たずに千歳川に来たら、非常に恐ろしいマナブ手前の分岐が昨日からどちらにも行けるようになりました。
河川管理の皆さま迅速な対応をしてくださり、ありがとうございます。
これで水の上でみんな楽しいGWを過ごせます。

(&やりとりを続けてくれたなおきさん&だいちゃんに感謝。)

2017年4月23日日曜日

今日はあの川明日はこの川

本日は千歳川へ。まだまだサケ稚魚天国。
今春はあちこち行けて疲れるけれど楽しくやってます。
まだまだ南国高知の松澤先生は手のかかるうるさい野郎しかいないかのあに帰りたくないだろうなあ。わはは。


道の駅あかいがわのトイレには遊び心ある貼り紙。
大事なのは、何より、そう、遊び心。
四月前半遊んだ分気合いを入れてゴールデンウィークもしっかり漕ぎます。

2017年4月22日土曜日

立ち話も難ですが‥

6:30。べちゃ雪。最高のコンディションの中、えっちらおっちら、夢の跡地(通称:第五)の後片付け。氷濤、今回もありがとーう!
暑いんだか寒いんだか、風が強く吹く日も出てきて、ああ、GWが近いな、とゆっくりと息を吐く。


とある東の町の一角に地面からサケ(オス)が生えていた。
知らないことを知ることで、自分がいかに知らないかを知る。
世界には名もなき名所がいくらでも潜んでツッコミ待ちをしているはずで。

誰が何のために建立したのだろう。答えを知っている方はご一報ください。